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施設で全部育った事が施設育ちだけの問題じゃなくなる時

養護施設を出てからの問題

 数年前、Wolfから「あなたには絆相手となる人が必要だ」と言われた。その頃夫からは「絆相手とか、そういう問題は済ませてから結婚してくれよ」と言われていた。数年前、何が一番自分を生き辛くさせているかというと、実は機能不全家庭出身者の悩みとはかなり違っていた。それは1人の人と固定した人間関係が作れないという問題だった。

 今もその問題は残っている為、もはや理性でしか変える事ができなくなってしまった。誰か1人と絆を作る事がそんなに重大な事であるという事が結婚し家庭の主婦をやっていてもピンと来ない。

 養護施設の生活面から影響を受けただろうと思われるものをリストアップしてみよう。これは個人的なもので汎用性があるわけではないので、軽い気持ちでスルーしてほしい。専門委員会への資料を読んでいたら、ふと書いてみたくなったのだ。

 ちなみにこれは現段階での「家庭に身を置いている1施設全部育ち」としての感覚です。

わたしに関しての問題意識(夫側が問題として提起)

・プロポーズを受けたのにその先何をするか知らなかった。(詐欺と思った)
・家庭・家族という言葉に特別な意味を見出せない。
・家庭におけるライフプランが何も想像できない。
・法事など、その家庭で受け継がれる宗教への導入ができない。
・家庭にいても施設のような世界観を持っている
・子どもがいないという問題(愛されていないという気持ち)

わたしに関しての問題意識2(夫の姑・親戚などが問題提起)

・結納・結婚式・披露宴など両家にとって必要な式が1つも執り行えない。
・養護施設の職員では嫁の子ども時代を語れる人がいない
・親・兄弟・親戚だれ1人いない為、問題が起きた時に連絡を取れる人がいない。
・養護施設を出た嫁という事を誰にも言えず辛い思いをしている。
・孫がいないという問題(愛情深くないと判断)

家庭に関しての問題意識(わたし側が問題として提起)

・ディープでウェットな家庭観・家族観に付き合えず別居した事もある。
・一年毎に家を出て行かなくちゃいけないと思う衝動がある。
・結婚後、結婚はどういう事をするのか初めて理解した。
・家族というものは白黒割り切れない、情が先行し決着が付かない事が多い。
・愛着を試そうとする大人たちに唖然とし続ける、その意味に気付くのに遅れる。
・会社では信頼されたのに家庭人になり信頼されない事がリンクしづらい。
・同じ屋根の下に住んでいる事と、その人が特別であるという事がリンクしづらい。
 
#絆相手については体験記の意味合いもあるので別ブログでリストアップしてみようと思う。

施設で全部育った事が施設育ちだけの問題じゃなくなる時

 結婚した時に、わたしの運命に引きずられる相手が生じる。つまり、施設を出た個人の話だけでは終わらず、相手の家族にも多大な影響を与えてしまうという事。

 結婚したいと思います。はい、誰が自分を育てたか判りませんし(職員からは担当じゃなかったと言われるし)、自分は過去がないのでこんなもんでしょ、それでも良かったら嫁にして下さい。

 こんな風に受け取れる表現を最初の頃、未来の姑に対して言ったらしいわたしを、誰が普通の子として相手できるだろうかと思ったらしい。姑にとって息子の一世一代(彼女が言うには)の結婚を、こんなわけの判らないのを捕まえてきて、大変な事だったろうと思う。

リストについて少し考えを・・・。

 夫が持つ問題意識はかなり個人レベルでの愛着問題を底辺に抱えているように感じられた。その個人レベルでの愛着問題についての、これまた個人的なわたし側の無理解がある為、夫婦という絆へ(離婚する気にならない程の結びつき?)繋げる事が難しいのだと思った。

 姑は自分が姑として責任ある立場であるを自覚している為、考える事がもう少し広い。彼女の場合は、わたしが施設全部育ちな為、わたしに関する情報収集ができない事と、その情報により、なにか問題化した時の対処を姑である彼女1人で背負うような現実が見えてきた。

 わたしはわたしの事を知らない、過去も覚えてないし、まあ適当にその場その場をうまくやれてると思っても、結婚相手や結婚相手の家族・一族はそうは簡単にいかない。彼らには家族という形態を守ってきた歴史があり、わたしという流浪人が家庭に入ってきたからといって、長い歴史を持つ家庭がわたしに合わせるわけにいかない。

 養護施設全部育ちという簡単なこの一言を自由人と翻訳してはいけないと思った。そうでなくては家庭から逃げ出してしまうだろう。

|  養護施設を出てからの問題 | 06時23分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

常に集団でいながら、集団から逃げ出したい心のクセ

 Leiちゃん、あたしも、いつも逃げ出したいという心のクセがある。

 いまの関係は、仮初めの関係でしかないという、妙な感覚が離れない。

 永続した関係を持たなかったから、永続する関係が理解できない。永続した関係というものは、子ども時代からの変わらない大人との間で体感し、体に染みついていくものなのだと思うの。

 死ぬまで寄り添うという夫婦関係も、親子関係も、そのほかの親族関係も知らずに育ったあたし達が、仮初めでない関係があることを体感するのは、死ぬときまで離れなかった相手がいてこそだと思う。

 Wolfさんじゃないけど人生に間に合うかしら…

| Maria | 2007/09/22 08:56 | URL | ≫ EDIT














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