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基本:いつか又会いましょうと言ってはいけない

SOUL FAMILY-project・別館

 いつか又会えたら会いましょうと言ってはいけない。一分ごとに会話をリセットしてはいけない。他にも色々あるのだけど、言ってはいけない言葉がいっぱいあるし、感じても感じた通りに表現してはいけない。

 何故いけないかと言うと、WolfとMariaがめんどくさい程怒るから、悲しむから、根に持つから。わたしはいつも会って当然の人に出会えたんだと認識したい。

 昔、ある里親さんの書き込みで

 朝、登校前に「今日、ここへ戻ればいいんですか?」と言われてショックだったと書いていた。わたしは、その子の気持ちがとても理解できる。途中で里親家庭へ行った場合とくに、どこへ戻ればいいのか頭で整理しておきたいのだ。その方が勉強に身が入る、帰る場所がどこか判らないなんて困るから質問しただけ。でもそんな質問自体、里親にとっては青天の霹靂。

 施設にいた子どもと関わっている人のブログや言葉を読んでいると、大人の絆づくりしている自分と大して変わらない内容、まるで同時進行のように感じる。なぜいい大人の自分なのに、今の里子や養子や継子が抱えているような内容と変わらない問題を持っているのか。

 大人たちが、イライラしている事は文章を通じて痛いほどわかるのだけど、そのイライラは夫のイライラに似ている。Wolfもわたしに対してイライラしているのだけど、少し種類が違うように思う。夫は訳が判らなくてイライラしている。Wolfは同じ施設出身者として判りすぎるくらい判る。でも判る事と叱る事は別だという。

 でも、夫とWolfの2つの絆作りを通して思った事は、やはり家庭だけで育てられたフィルター越しでその子を見ると怒りは深く理解が難しいという事。恐らく勉強も一通りしてこられただろう里親さんをもってしても、子どもの反応は未知数であるという事。

 今回自分を(仮に)子どもの立場に置く事で少し表現してみたが、里親子の絆作りは戦いだ。色んな視点を持たなくてはいけない場面でも、狭い世界の中でしか情報を抽出できなくて孤独感へ突き落とされる。

 里親子と近所の関係の質もその時に課題のひとつとなる。わたしはやはり施設を出た者として、もし里子になっていたらきっと問題を起していただろうという仮定の下、さらに発達心理の部分で様々な発信をしたくなってきた。

 自信を持って語れるほどではないが、施設出身者として感じている心理を忌憚ななく語れるように、もう少しセンシティブな表現を勉強しようと思う。この言い方では伝わるものも伝わらないと反省しつつ・・・・。

 ここまで書いてきて、Wolfがよくまあ、わたしをぶん殴って固めて湾に捨てなかったなあと思う。いい人に出会えた、安全な人に出会えた、物足りないけれど安全だ。まだ生きているから、感謝。

 

|  Soul-Family-projct・別館 | 14時38分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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