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「甘えたいさかり」という言葉の意味と定義が一致しない

整理中の記事:わたしの落とし穴

 施設にいた頃から、体育会系のノリのわたしなので「甘える」という言葉を非常に否定的に感じる。気付いた時にはすでにそう感じていたのだから、幼い頃も「甘える」人間になってはいけないと、自分を鼓舞していたような気がする。

 「甘えたいさかり」という言葉が何なのかわからなくて、公明党の女性議員言葉がわからなくて迷路に入り込んでいる。(我ながらしつこいけど、どうしても違和感があって・・・)

 乳児院や養護施設に甘えたいさかりの子が居るのだろうか。それは施設で許される行為なのだろうか。許される行為としての前提に「甘えたいさかり」という言葉が定義づけられているのだろうか。

 それは施設に取り残され続けた子にはどのような意味合いの言葉なのだろう。家庭の人の感傷的なフィルター越しに「甘える」を語られて、何故かわたしは違和感ばかりだ。

 甘えたいさかりの子が下記のような施設で育つ事自体を何故、問わないのだろう。何故たった一人の子として家庭で育てる発想へ繋がらないのだろう。

 わたしなりにこんなトコに落とし穴があるとは・・・・。 

 「甘える」という定義付けについて、今までのわたしの心理を整理してみる。

 皆にめいわくを掛ける行為の大前提が「甘え」の気持ちにあると叱り飛ばされる場所にいたので(確かな記憶じゃない、勝手にイメージが浮かんでくる)わたしはどうしても甘える人間になりたくはなかった。

 わたしの印象では「甘える人間は軽蔑される」し「皆からの制裁を受ける対象」となる。

 では、施設で甘えるとはどういう風にわたしは捉えているか。たとえば、そのわずかな一例。
 
 ・熱を出した結果掃除をサボる
 ・施設の部活動でだらしなく参加する
 ・掃除の時間に、タラタラ掃除をする
 ・職員や上級生への返事が遅い・悪い
 
 ・上級生・職員が「甘えてる」と判断した行為が甘えになる。

 上のリスト少し説明する。

 わたしはいつも気を引き締めて生きていたので体だけは頑丈で、熱を出さない施設の部活動では死ぬ気でやるので、学校の体育祭で妙に浮くくらいのスポ根人間。掃除の夢は今も見る。1人が甘えの気持ちでだらしない掃除をすれば、他の子も全て呼ばれてやり直しをさせられ、他の子と連帯責任で朝食抜き。

 返事は一回が鉄則なので「はいはい」と返事しようものなら殴られる。あとはその時の気分でルールが変わる、職員や上級生の虫の居所がどこにあるかによって、甘えの定義も常に変わる。だから今でも甘えてると人から指摘されないように、非常に気を配って元気に力強く生きている。

 今でも「子ども」と「甘え」が否定的にリンクする。何をするにも死ぬ気でがんばらないといけないと感じているので、甘えたいさかりって何?と思う。

 何事も根性の世界に生活する者として、甘えた気持ちは絶対に許されない。そのような環境に幼児の頃には既に居たので、「甘えるな」と叱られた場合は、根性がない、やる気がない、死ぬ気で向ってないという意味と同じになる。気を引き締めねばと思うだけ。

 でも、家庭の人は簡単に甘えるという言葉を使うので混乱する。わたしは甘えた人間(上記の定義)になってはいけないと鼓舞して生きているので、家庭で子どもを育てるにあたって、甘えの定義が少し理解しづらい世界であると気付いた。

 家庭では甘えるという言葉はもっと違う意味合いを含んでいるらしい。いや、きっと何かもっと違う印象だ。その部分が文章になり切れない。施設にあって家庭にない定義があるようだ。

 絆作りをしているMariaから「レイちゃん、甘える練習をしようね」と言われると「わたしはそんな卑怯者じゃない」と怒っていた。その気分は、甘える=卑怯者と感じているからだ。

 施設では甘えは卑怯者のする事で、掃除をサボったり、部活の苦しみから逃れようとしたり、皆に課せられている何かをサボろうとする姿勢だと感じている。

 だから「甘えていい」と言われると、非常に怒りが生じやすいと気付いた。里子になっていたら大変だったかも。わたしに卑怯者になれというのか!というような怒りとリンクしてしまう。変な女だ我ながら。

 

|  整理中の課題&記事 | 08時08分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

誤解を与えないように定義したい


 Maria、簡潔にて濃縮された意見。

 わたしもムダを削いでもっとエッジの切れ味を良くしたい。

 前提が違うという事、そこを指摘せずに鵜呑みにしたら、違和感ばかりが残るという事だと思った。

| レイ@ありがと | 2007/10/14 08:20 | URL | ≫ EDIT

甘えって何?

 レイちゃん、

 あたし達にとって「甘える」という事は、毎日の掃除をサボるとか、施設内部活動をサボるとか、早朝マラソンをサボるとか、たくさんある施設のルールを破ることをいうの。

 だから甘えたいさかりというのも、それこそ、施設のルールを片っ端から破る虞犯少年のことを言うの。

 乳児院の甘えたいさかりの子ども達というのは、どんな乱暴な子ども達なのかと思ってしまうわ。そりを入れたり、ヤキ入れたりする乳幼児の事かしら。

 乳児院の「甘えたい盛り」の子どもたちは、職員一人あたり八人の実質配置のなかで、そもそも、正しい甘え方をしていないの。要領よく職員に「正しく」甘える子どもを、他の幼児がこづいたりする。幼児だって戦っているの。 

 乳児院から、子どもたちどうしの戦いは始まっている。そもそも。戦わずに大人を独占できるように、乳幼児は里親に委託すれば解決する話。乳児院の存続を前提にするから、そして、それを家庭育ちの感覚で「施設を家庭」的な理由付けをするから、おかしな理屈になるの。

 甘えたい盛りの乳幼児が甘えることの出来ない乳児院を、あたかも、甘えたい盛りの乳幼児がたっぷりと甘えているかのように表現するから、訳の分からない理屈になっていくの。

 この公明党のおばさんは、乳児院の実態を語っているのではなく、甘えたくても甘えられなかった家庭の話をしているだけ。乳児院が甘えられる場所だったら、愛着障害なんて発生しないの。そして、多くの里親さんが、「乳児院から来る子はおかしい」ということもないの。

 ある子育てをしている施設育ちの笑えない実話。

 幼児が、施設育ちの親にベタベタと「正しく」甘えたら、「甘えるな」と振り払ったの。幼児が親にまとわりつく様が、「甘ったれた」態度に思えたのね。
 正しく甘えずに育った施設の子たちは、多かれ少なかれ、こんな感覚を身につけているの。まさに、養護施設や乳児院を再現し、育てられたように子どもを育てているのね。

 で、仕上げは、子どもの施設入所。ちゃんちやん。

| Maria | 2007/10/13 09:58 | URL | ≫ EDIT














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