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他人の親子を応援し続けている心の癖と里親制度を応援する事と


整理中の記事

 「甘える」というキーワードに捉まってから一週間近く悶々としている。家庭で育つ事が出来ない子ども達を里親家庭へと日々書いている自分の衝動の根幹は、家族に引き取られて施設を出ていく子、又は施設内に住む職員の親子の邪魔をしてはならなかった事情などと関連があるのかもしれない。

 わたしは、人を応援する時、自分の立場とは切り離して人を応援できる。これがわたしの強みだと思う。多くの人は、自分と自分の心が引き裂かれる思いに耐えかねて、人を応援できなくなるのだとおもう。自分が取り残されてしまう、捨てられてしまう事を想像するだに苦しいのかもしれない。

 でもわたしは、そこの一線を越えている気がする。捨てられる前の恐怖を知らない。気付いたら捨てられていた後だった。今に捨てられるのではないかという恐怖を知らないが、捨てられていたという事に気づいた後の虚無を確認している。

 何故里親さんを応援しているのだろう。リアル世界では絆相手が言うように愛着というものが全く無い人間なのに、家庭の良さも絆も愛着も、良い悪いはともかく固定された関係も自分にはないのに、丸ごと応援できるとしたら、わたしは本当の意味で、リアルな自分をどっか切り離して発信しているのだと思う。

 「里親さんを応援するブログなのに、あんな冷たい雰囲気はないよね」とわたしのブログに付いて影で言われていた事があった。不思議な事に文体はMariaの方が強い語調で、わたしはそれなりの丁寧なあいさつを交わしているのに、わたしの方が冷たいと感じている人がいるようだと知った。わたしは丁寧なのに人を受け入れないオーラを発しているらしい。

 家庭で育つ事が出来ない子ども達を里親家庭へ行ってほしいと願うけれど、自分はその良さをあまり心がこもった雰囲気では伝えられない。

 リアル世界のわたしは夫ともなかなか愛着形成が出来ない事もあり、家庭の良さどころか、家庭に馴染めない適応障害のようなところがある。しかも夫婦間のスキンシップなどはパニックになりそうで、これならほんとに何故結婚したんだろうと彼が怒るのも当然だと思う。

 全てのスキンシップが苦手である。手を繋ぐ、肩を組む、寄り添う・・・。それら全てが苦手である。何よりもぬくもりを求める回路が出来ていないらしい。寒い時は自分の体温を勝手に上げて対応してきたから、人肌を求めずにすむ。

 優しい言葉を掛けられると冷や水を浴びせるような返事をするらしい。絆相手から、わたしの中に子どもが見えない(いわゆるインチャイ?)と言われる。まあそうかな、自分自身もあまり自分の内面に、子どものような(そもそも子どもって何?)ものはないから。

 ・・・と思いつつも、その、人の心の中にある子どもの部分というものは、本来一体どんな役目を大人に対して負っているのかという所で立ち止まっているので、とても色々と難しくなっている。

 インチャイというものを、わたしは下らないと叩きつけていたけれど、今の自分の感覚のなさや感情のなさやとことん冷たい人格であるということを考えるにあたって、大人の心の中に住む子どもというものが存在するのとしないのでは、どう違うのかを少し考えてみたい。

 里親制度を応援しているわたしの、自分とは関係ない世界を紹介するわたしの矛盾を突き詰めなくては、本当の意味で感情が伴いながら里親さんを応援できない。これからも冷たい応援が続く。

 それは何となくわかった(つもり)

|  整理中の課題&記事 | 02時15分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑


 どうか。どうか、皆様の「絆」が強く、強く、結ばれ続けますように。

 ありがとう、Cheeseさん。SOULFAMILY-project の方では、わたしの無愛着な対応に困り果てているソウルメイトに返事をしなくちゃと思っていて、言葉が浮かばなかったりします。この「戦記」が理性をバックボーンとして、里親委託の話を語るのなら、ソウルメイトのブログでは、無愛着な施設育ちの話をとことん書いていこうと思います。そして、出会いと彼らとの感情の交差についても、考えたいと思っています。

 長い間、非公開だったブログを公開にして、勇気を出して語ろう(又は語ってもらう)と思ったきっかけとなった、NekokoさんとCheeseさんに改めて感謝の気持ちを持っています。 おかげで「素直」というものの、姿が見えてきそうな予感があります。

  わたしは、ソウルメイトとはケンカばかりで、本当にもうダメだと思っていたけれど、わたしは全力で彼に向かっても良いんだと知り、少しずつですが、あちらのブログへも記事投稿をシフトしていきたいと思います。

 この戦記が理性を根幹にした発信だとしても、人には心がありますから、心と理性の融合というものを本気で考えようと思いました。

 コメント、本当に嬉しいです。この親記事は、施設っ子らしすぎて誉められたものではありませんが、そのあたりも、あっちのブログで分析できたらいいなと思います。

 いつもありがとう、Cheeseさん・・・。

| レイ@おはようCheeseさん | 2007/10/17 07:48 | URL | ≫ EDIT

Leiさん、こんばんは。

>わたしは、人を応援する時、自分の立場とは切り離して人を応援できる。これがわたしの強みだと思う。

私が、Leiさんを尊敬するゆえんでもあります。

>多くの人は、自分と自分の心が引き裂かれる思いに耐えかねて、人を応援できなくなるのだとおもう。
私は、まったく、このとおりですので・・・

ことに小さな子どもたちを応援するような言葉を
口にするとき、自分の中の猛獣が牙をむきます。

自分の正しさを希求する態度と、
猛獣が拮抗してどうしようもないとき、
LeiさんとMariaさんの記事を思い出すようにしています。

遠くに見える灯台のように、目印にしています。

どうか。どうか、皆様の「絆」が強く、強く、結ばれ続けますように。

| Cheese | 2007/10/16 22:27 | URL |














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