子どもたちの碑にお参りしてきました
コラム子どもの碑 案内サイト
10月20日
2年目の今年も子どもの碑へ行ってきた。Mariaが仕事が忙しいので職場の近くでピックアップし、2人でお花を買い求めて、何とか閉園ぎりぎりにたどり着く事ができた。
今年は少し忙しくて時間をとることができないと思った。でも夫が友人と出かけたので、わたしも時間が空きMariaと急遽行出かける事になった。
子ども達の碑の様子は、今年は去年の侘しく寒々しい雰囲気は薄らぎ、幾人かの方がお線香とお供えなどをして下さったようで、大輪の菊の花やきれいな花束が備えられていて本当に嬉しく思った。なんとなく心で感謝してしまったり・・・(もしかしたら、ずっと来て下さっている方々もいたのかもしれませんね)
子どもの碑のそばに老人の碑というのがあり、上の写真をクリックすると書いてある文字が読めると思うけれど、何となく身につまされる気分だった。
この亡くなられた身寄りのないお年寄りたちの中に、もしかしたら戦災孤児として養護施設へ収容された方がいるかもしれない、最後の最後まで身寄りがないまま亡くなる方もいるかもしれないと思うと、子どもの碑と老人の碑の対比が、他人事とは思えない重さを持って感じられた。
そして同時に、養護施設によっては墓地を持っている施設もあるそうで、そのような子は身寄りがないまま養護施設の中で病死し、施設から出られないのだなと思った。
わたしは言いたい事がうまく言えない性質なのでMariaも時間差で書いてくれると思うので、わたしのそっけない文章で申し訳ないが、気持ちを親のない子へ寄せて下さればうれしい。
自分がもし死んだ時離婚していたら、わたしは無縁仏になるのだと思う。でも最後に何かお役に立ちたいとも思うので検体として用いてもらえたらと思う。(検体か、もしくはドナーになるという事を含む)
わたしのお墓参りは夫のお墓参りと感想が違う。夫もしみじみとしているけれど、彼は今の自分があるのはご先祖さまが居たからだと再認識する。わたしのお墓参りは、身寄りがないということを改めて再確認すること。
昨日は本当によい天気だった。全ての身寄りの無い眠れる魂に向けても、子どもが孤独に死んでいってはいけないというスタンスを新たにするには充分すぎるほどの晴れ渡ったきれいな青空だった。
| └ コラム | 09時27分 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

























うん
毎日話してるとテキストが疎かになるね、ごめん。一緒に見上げた空は抜けるようだった。
ありがとう。
| レイ@Maria | 2007/10/23 13:32 | URL | ≫ EDIT