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ある種の人にとって施設の子は「もしかしたらそうなったかもしれない自分」でもある

整理中の課題&記事

週末里親になった友人の心の癖

 わたしのリアルの知り合いで家庭で虐待を受けていた子がいた。その子は虐待を受けていた自覚があったので、時々、施設から通学するわたしに興味を示していたらしい。でもわたしの方は彼女がどうしてわたしに近づいて、色々話を聞こうとするのか判らなかった。

 彼女は時々言った。

 「レイちゃん、私は家庭で虐待されたりしたけど施設へ入れられなかったからマシだと思うわ」と。
 
 何故彼女がそのような言葉を言語化したいのか、噛んで含めるような言い方をしたり、時々わたしの様子を伺い見るようなことをするのか理解できなかった。彼女はわたしが卒業したあとも連絡してきて、とにかく彼女の気持ちをひたすら聞かされていた。何故そんなことをするのか彼女自身もわからなかったようだ。

 でも今なら少し判る。彼女が虐待を受けていたのなら親から「お前など施設へ入れてしまうぞ」と脅されていたのではないかと思う。彼女は生の施設の子と偶然にも遭遇し、興味が尽きなくて止まらなくなったのだろうと想像する。だからわたしと接する事で「この子みたいに捨てられたんじゃないわ」と安堵しながらも「あったかもしれないもう1つの現実」を垣間見た気持ちになったのだと思う。

 だから「捨てられるよりはマシ」と語る時にわたしの表情をいつも伺い見るのは、わたしの態度から何かを納得したかったんだと思う。彼女は結婚後も同じような話を延々と続け、結局わたしがソウルメイトたちと出会うまで続いた。

 でもやがてわたしはソウルメイトの影響も受け、自分でも論理的思考へ移行し、彼女はわたしに急に興味を失い離れていった。今は、彼女はわたしを、もしかしたらそうなったかもしれない自分、として確認する為のツールとして無自覚に利用していたように思えてならない。
 
 この出来事以来、ネットも含め現実世界でもわたしに近づいてくる人の幾つかのパターンを考えるようになってきた。たんに心優しいだけの人が、かつての恵まれない子に優しくしたいだけだなんて思わない。彼ら彼女らが包み隠しているものが見える時に、やはりそうか・・・と思うだけ。

 養子や里子や途中から家に戻った子たちも、もしかしたら施設に残り、見送る側の子だったかもしれない。引き取られずに施設だけで育ったかもしれない、養護施設全部育ちは彼らの、もしかしたらもう1つの現実だった。だから興味を惹くのだろう。

 でもわたしは里親家庭をもう1つの可能性だったとは思った事がない。自分たちは施設以外の場所を想像する事もできなかった。
 
 最後に、
 
 その彼女はその頃週末里親という道を選んだが、施設の子の目が怖いと言い、半年もたたないうちに(たぶん)やめてしまった。その話を彼女が取り付かれたように話していた事が印象的だった。捨てられた子に興味が尽きない人というものがいるが、大人のツールにされた子どもの方が心配だ。

 わたしは里親さんを応援しているが、心の癖がたっぷり染み込んだ大人の元には子どもを行かせたくない。里親制度は子どもの為にあるのであって、大人の癒しの為にあるのじゃない。

 #まだ整理途中ゆえ、加筆修正などあると思う。
 

|  整理中の課題&記事 | 13時42分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

彼女の怒りの元


 Maria、里親表現勘違い第一号だった彼女は、屋台で売れ残ったひよこを大量に抱えるはめになり、電話のむこうで「ぴよぴよ」「ぴっ」と声がするのをやりきれない思いで聞いていた。

 彼女は週末里親で、人間の捨てられた子を見捨て、次には、ひよこの捨てられた様を「ひよこの里親」を探し回る事で心の整合性を保とうとしてたみたい。
 
 でも、わたしは当時「捨てられていた事実に気付いていなかった」ので、彼女がわたしより早く、捨てられている子に興味を示していた事も知らんかった。

 ところでこういう人は心療内科に行けば、なんとかなるのでしょうか。わたしは心療内科とカウンセラーとか、などが分化されてなくて・・・。

 

| レイ@ひよこ増殖しない集団 | 2007/11/10 04:31 | URL | ≫ EDIT

見捨てられ不安は判らないけど…


 時々、Leiちゃんが思い出したように話すけど、この話には笑えないオチがあるのね。この方は、卵を産まないからと処分される予定のオスのひよこを大量にもらい受け、そのオスのひよこの「里親」と称した飼い主探しをしていたのよね。
 
 でも、卵を産まないオスなんて、朝ははよからコケコッコーとうるさいし、何でもかんでもつつきまくるし、都会の家庭のペットにするには不向きなの。
 
 誰ももらい手はないし、結局、処分をする羽目になり、オスのひよこに投影した「見捨てられ不安」が悪化し、心療内科に通うようになったのね。
 
 ま、施設の子に投影したり、処分される生き物に投影する気持ちは分からないでもないけど、その「投影する」気持ちを整理しないと、どんどんおかしくなっていくと思うの。
 「見捨てられ不安」は、愛着が出来たとはいえ、不安定な愛着から生じる分離不安だと思うけど、ものごころついたら誰もいなかった施設育ちには、理解不能かもしれないわね。「見捨てられ不安」を知るには、まずは誰かと愛着を作り、その愛着を失いたくないと思えなければならないのよ。

| Maria | 2007/11/09 01:10 | URL |














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