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わたしの中の施設イメージに関する「自動再生プログラム」

整理中の課題&記事

 職員が憑いている?とMariaに言われてから、記憶の仕方についてつらつら思う。わたしは記憶していない過去を見えない過去と表現してきた。でも、わたしは施設のイメージをスピークアウトできない代わりに、アクティブアウトしているのではないかと思い始めた。生き方、行動、人との接し方の中で自動的に再生されているのではないかと・・・。 
 
 施設のイメージといえば自動的に再生されてゆくもの。職員のイメージといえば自動的に再生されてゆくもの。施設の仲間たちといえば、シニカルな気分で悪い仲間然とした子ども集団が勝手に再生されてゆくもの、虐待といえば、何のイメージも浮かばないのに、指導といえばそのシーンが自動再生され、そのシーンは、世間でいうところの、しごき、スパルタ、熱血、根性などという言葉に置き換えられた虐待の場面と非常に似ていること、などなど、施設イメージを幾つかのパターンとしてインプリンティングしてしまっているようなのだ。

 わたしに、施設職員が憑いているとMariaが思うくらい、きっとその場面をすごい勢いで演じて?いるのだろうと思う。

 「わたしはこういう体験をした」という言葉を使えないブランクな脳味噌だけど特殊な体験をしていて、吐き出しへのあくなき本能だけが刺激を受け続けているような気分。

 「言葉を持てない頃へ戻っても、すぐに言葉で語れるようになるとは思えない」という感覚に陥りやすくて、どちらかというと語る事や書く事を避けてきた。自分の気持ちというものを考える事を避けてきたのは、言葉を紡ごうとすればするほど、その世界観の中でしか通じない幾つもの置き換え言語に直訳されてしまうから、いつも臍を噛む気分、どこか騙されているのに言葉を持てない苛立ちを感じ、その違和感をどう表現していいか判らないから。

 自動再生プログラムに任せて、自分の感覚を吐き出す生活から抜けられなかったのは、言語を持つことを許されない感覚へ戻るイメージが広がるからだ。
 
 とりあえず、ここまでは何とかゆるゆるな認知へ至る獣道を・・・。頭(脳)がけっこう痛いです、使い慣れてない。

|  整理中の課題&記事 | 05時42分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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