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施設的概念を押し付ける絶対君主も虚無の玉座で考え込んでいる

メンタル整理

 たしかにそうだね、Maria。

 Leiちゃん、
 あたしには、「こうあるべきあなた」と「こうありたくないあなた」が戦っているように思えるの。

 あなたは、たくさんのあなたの独裁者でもある。あなたを抑圧し、声なき子どもに君臨する絶対君主のあなたもいる。


 Mariaが「言いすぎてしまった?」心配してくれるけれど、全くそんな事はない。なぜなら薄々自分でも気付いていた事だったから・・・。ただ、誰もそれを指摘しない事をいい事に、わたしは長い間、責任逃れをしていたのだから。

 わたしも他の子と同様、養護施設で放置されてきたけれど、その反面、自分で好きなように生きてきてしまった。ただ好きなように生きる為には施設的概念をしっかり身に付けておく必要があった。そうでなくてはすぐに職員の目にとまり、問題行動となり、常に監視されてしまうから。

 施設で少ない自由エリアを最大限に過ごす為、わたしは職員からは文句も出ない程、施設的な概念を持つ必要があった(そう解釈していた)。施設の中で優等生である必要があった。その最低限のルールを守っているならば、養護施設側は、大勢の中の1人が何を考え、どう生きるかなど、いちいち詮索しないのだ。(でも当時はこれらを計算して行動していたわけじゃない、こういう思考も無自覚に身についていたと思われる)

 だからわたしは

 「誰もわたしの行動を問題だと言わなかった」という事実をもって、わたしはその行動を正しい行動だと自己解釈し、真面目にまっすぐに施設的概念を取り入れ、あとはどんな生活をしていようが、他人の知った事ではないという感覚を併せ持って生きていた。
 
 施設では、集団生活のルールを侵さなければいいのだという感覚がわたしの中では絶対的なものとなってしまった。集団生活の禁止事項や、集団生活のルールなどについては、家庭でこそ求められる愛着の態度が施設では禁止事項になるという大まかな分類だったが、それで大体まちがってはいなかった。

 家庭から来た被虐待児や虞犯少年のように、大人へ何かを訴え続けたいわけではく、わたしは自分をそっとしておいてほしかったし、誰もわたしに関心を持たないでほしかった。わたしは大人に訴えたいものは何もなかった。

  わたしは寂しさや悲しさやを感じる機能がなくて1人で手前勝手に生きていた。そしてそれを、養護施設職員達は仕事の邪魔をしない事で良しとし、卒園するまでそのままだった。

 「誰も何もその生き方を問題とはしていない、だからわたしは真面目なのだ」とMariaに言いながら、彼女が少しずつわたしを見る目が沈んできていても、わたしは自分を真面目で優等生だと思いたかった。

 でも施設の最低限ルールが根付いている。

 Mariaと絆作りをするにあたって、とても困った事に、わたしの場合は全てが愛着を作らせないルールしか知らない事に気づいた。でもわたしは、生き方を変えたくないと思っていた。ところがMariaも児童養護施設全部育ち、わたしの魂胆なんか見えている。彼女はそんなわたしを待ってくれている。

 でも時間が非常に掛かる・・・。

 それほど子どもの頃に身についた概念はしつこいし、無自覚な絶対君主となり自分を戒め、やがては、周囲の子の嘆きや寂しさや痛みを叱り付ける気持ちが生じてしまう。このような概念を持ちながら、子どもを生み育てる段階になれば、家庭の概念と衝突する事になってしまう。

 今、わたしは、染み付いた施設的概念をさらに深く掘り下げ、問題を自覚する必要にせまられている。Maria、これからもがんばるから側に居てください。わたしもあなたの側にいるから。わたしは自分の表現の為に、そして施設で全部育った事を肯定する為に、ほかの子が家庭で育つ権利を奪うような事をしてはいけないと思う。だから、わたしの思考パターンにメスを入れ続ける事をがんばる。

 はっきり言ってくれてありがとう。
 

| ├ メンタル整理 | 11時28分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

ごめん


 過去の手がかりといえば、今身についてる行動と心の癖、人間関係の癖だけ。

 その、今現れてる事象が過去とどれだけ繋がってるのかは判らないけど、いつ身についたか判らない位、意識の深層にあるものは、やはり子ども時代の世界観がもたらしたものだろうという前提に立って、整理してみる事にした。

 でも、やはりわたしはメンタル系じゃない!と言い続けて逃げてきたツケが今頃・・・という気が。

 しばらくこんな感じですが。

| レイ@整理中 | 2007/11/23 23:42 | URL | ≫ EDIT

きつくてごめんね

 Leiちゃん、きついこと言ってごめんね。

 養護施設という場所は、どんな規則であろうと、その規則さえ守っていれば、職員は問題のある子だとは思わない。
 そして、集団で行動しながら、心は一人で生きていくの。養護施設と言う場所は、最低限の衣食住はあるけど、心を育てる場所ではないの。

 雑踏の集団の中を一人で生きてしまったあたしたちは、自分の生きてきた過去に強烈に支配されているの。

 一人で生きる
 誰とも、心を通わせない

 心を通わせる相手がいない世界で、心を通わせることを学ばなかったから、心を通わせる発想もない。

 集団の中を一人で生きてしまったから、これからも一人で生きようとしてしまう。

 間違って育ってしまったあたしたちは、育ちの間違いを認識しなければ、延々と人間関係の間違いを続ける。

 養護施設で育つことを否定していながら、
 養護施設で身につけたものは否定出来ない。

 それこそが、一番間違っていることなのに…

 頑張ろうね。お互いに。

| Maria | 2007/11/23 23:16 | URL | ≫ EDIT














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