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養護施設出身者が胸をはる時の現実的なリスク

養護施設を出てからの問題

うそを付きたくない気持ちと横たわる現実


 わたしは近所に「養護施設出身者です」と言っていない。過去を殊更語らなくても人間関係はやっていける、でも、語れない事が多すぎて、些細な質問に黙らざるを得なくなる。たしかに施設で全部育ったことは子どものせいではないと判るし、理性ではそのように内面の中で考えを組み立てる事ができる。

 しかし、たとえ子どもである自分のせいで施設で育ったわけではなくとも、近所に気軽に言えない過去であるという認識を持ちたい。

 「施設育ちである事を隠すことは周囲に嘘をついているようで心苦しい」としても、もし自分に子どもがいたら、自分の子どもが大きくなるまで、その情報を明かさない方が良いと感じている。自分が堂々と胸を張って生きるためだけに、他の家族を巻き込んではいけないと感じている。

 自分は一言「養護施設出身者です」と言えばスッキリするかもしれないが、見えない場所でこそ偏見や差別やが起こるので、子どもに対するイジメのリスクマネージメントの点からも言わない方がいいと思っている。

アンビバレント

 わたしは嘘を殊更付かない方法として、黙っている事を選んだ。何も言わない事でうそを付かずにすむからだ。でも、ダイレクトに近所の人に質問された時に一度うそをついてしまった。
 
「あ、わたしの親は遠方に住んでいて、なかなか来られないんです、皆様にごあいさつ出来ずに申し訳ないと言っていました」と。

 胸を張って生きるスタンスや嘘を付かないスタンスと現実世界で生きる為にために隠す過去は、どうしても、自分の心にアンビバレントな現実を意識させる。

 胸を張りたくてもなかなか胸をはれない、自分が嘘を付きたくないからと他の人を巻き込む事ができない。わたしがネットで養護施設について発信をしながらも「顔出し出来ない理由のひとつ」には、自分に関わる他の人々にめいわくを掛ける恐れがあるから。

 結婚式の披露宴で媒酌人ご夫妻から読み上げられた文章が今も心にある。

 「養護施設を出たからといって『こんなわたしは生きてても仕方ない、ダメな者なんだ』などと思わず、もう○○家の一員になったのだから、自信を持って夫婦仲良く歩んで下さい」と。

 読み上げられた文章の意味を理解するまで、当の施設出身者である自分の方がポカンとしてしまったくらい。夫は後になって苦笑交じりに「ひでえよな、あんな言い方ないけどな」と言っていた。

 そうか、ひどいのか。

 でも、夫の苦笑交じりの表情には、言われても仕方ないわたしの立場というものが鮮明に現れていた。だから、わたしはこうして世間の荒波の中を泳ぎながらも、胸を張れないながらに一生懸命、匿名でネットで語り続けようと思う。

 これが自分の立たされている現実だけど、確認したのだから、後はまっすぐ発信し続けようと思う。せめて里親家庭という心のよりどころを親のない子たちが得られるようにと祈りながら・・・。

|  養護施設を出てからの問題 | 06時13分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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