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沈思黙考:継続、パーマネンシー、平凡を守ることが戦いとなっている

メンタル作業:整理中の整理

 わたしは今、きっと平凡な主婦に見えると思う。そして、その平凡な主婦はこっそりと「一日は連続している事」「日々は平凡が普通である」に遅まきながら気付いた。朝起きて、ご飯を作って食べさせて、家事をして、宅配を受け取ったりしながら、近所の人と顔があえばあいさつをして、回覧板という電子化しづらい、固有のコミュニケーション法で信頼感を分かち合い、食料を毎日、あるいはまとめ買いをして、節電をしながら、ポイントサイトでクリックして、静かにそっと生きている。仕事したり子どもが出来たりすれば、又その生活へとシフトするだろう。

 わたしはこの生活を驚いている。なぜなら、1日というものが連続性を持ったもので、けして、断片だけで生活しているのではないから。

 施設では、

 掃除だけ
 洗濯だけ
 学習だけ
 
 あとは空白。

 料理は特別な季節のイベント、キャンプの時の飯ごう炊飯だけ。
 夕食の買い物は日々の生活に組み込まれていない、一度もした事がない

 電車の乗り方を知らないとは以前に書いたけれど、他にもわたしは何を知らないのか未知数。
 
 さて。

 こういう記事を書いていて一番困るのは、わたし自身が何を知らないか判らない点だ。まだ、こうして列記できている部分は自覚できた部分として公開できるけれど、それ以外は自覚できていない部分だと思う。

 ところで、とうとつにWolfが何で夕食の買出し中に電話してくるか考えてみた・・・つらつらと。Wolfはリアルでも子育て中の親父だけど、時々夕飯の買出しを自ら驚きながら連絡してくる。自分でやっている事なのに自分が何をしているのか実感として判り難いのだろうと想像する。でもそれだけだろうか?わたしも彼が子育てをしている中で、日常を懸命に繋いでいる様子に、わたしなりには、親父の背中を見ているような気がする。

子どもが育つ環境に過度な刺激は必要ない

 わたしが、彼がしている事をまだまだ理解しづらいのは、養護施設で虞犯少年達と過ごしすぎた刺激体質ゆえ。日常にはきっといつも、生きるか死ぬかの緊張感があたりまえで、日々何事もなく過ぎていると、自分から事を起したくなってしまうからだろう。彼は激しく平凡でのんびりした様子を、これでもか、これでもか、と?電話越しに伝えてきて、最近ようやく慣れてきた。

 でも子どもが育つ環境には過度な刺激はいらない。安定した緩やかな固定された静かな安全な環境があってほしい。刺激だらけの児童養護施設の幼児の事を考えると、時々とても辛く感じるようになってきた。以前は何ともなかったのに・・・。

 虞犯少年や被虐待児に対応し切れていない施設の生活。平凡な生活を要養護児童に伝えられない。わたしや他の要養護児童は施設では極端な刺激の環境におかれていた。

 わたしは最近、自分が夕飯の買出しをしているときに、彼の電話を思い出す。子どもが「○○食いたいって言うんだよ」と・・・。わたしは夫が何を食いたいかなんて考えた事がなかった。出されたものを食べなさいと、至上命令風だった。

 うむ・・・。  

| ├ メンタル整理 | 07時24分 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

Leiさんありがとう

Leiさん、私は最初のころは「施設っていう選択肢もあったのかな?」なんて、思っていたけれど、今は「なくてよかった」と思うのです。

確かに家庭はひどかったけれど、そのまま「小さな子」に連鎖をしないですんで、よかったと思うからです。

妹には「ごめん」って言う気持ちは忘れないでいたいです。でも、それが大勢じゃなくてよかったなと、思うのも事実です。

それをすべての子ども時代を施設で過ごした方々から教えてもらったと思っています。

家庭から救われた子どもの心はケアされるべきだし、それがなされないままの児童養護施設では「どんだけ?」とつくづく思います。
それをちゃんと教えてもらって、とても感謝してます。

ブログは分割したら、少し勢いも分割していて、最近どう記事を書くか迷っている自分が居たので、「貼りかえて欲しい」と言いにくかったので(自分が)、助かります。

ありがとう。

| kasumi | 2007/12/03 22:35 | URL | ≫ EDIT

今度一緒に作りたいね

 白滝とビーフンは違うよ
 糸こんにゃくはこんにゃくだよ

 ライスカレーとカレーライスは
 違うらしい?

 春菊は春に食べるんじゃなくて冬
 
 ナスは嫁が冷えるから食べさせ
 たらいけないのであってイジメ
 じゃないよ

 物事にはきっとルーツがあるよ

| レイ@Mariaの手料理♪ | 2007/12/03 07:20 | URL | ≫ EDIT

レスをありがとう


 Kasumiさんは家庭でネグレクトと虐待を受けてしまい、普通の家庭にある筈の普通が得られなかったのですね。
 
 家庭から施設へ保護されても正しい家庭生活を学べるとは思えないのですが、緊急に命を助ける為、施設保護が優先されてほしいと思います。

 ただ、間違った家庭での概念を養護施設で直せない事が目下の問題です。

 養護施設が虐待からのケア施設なのか親のない子の養育施設なのかの間で、キャパシティを意味なく広げすぎているから、誰も更正や治療・ケアや養育をされていない感があります。

 Kasumiさんは、家庭で育った筈なのに常識が身に付いていない事、施設で全部育った自分では軽々しく言えない部分が多すぎます。

 でも育てられた環境の違いを超え、お互いに子ども達にとって必要な事を、これからも自分の場所を発信源として考えていきましょうね。
 
 ところで、Kasumiさんブログをリンク先に追加したいと思います。(作業しちゃいます)都合が悪かったら教えて下さいね。

 いつもありがとう。


| レイ@Kasumiさんへ | 2007/12/03 06:13 | URL | ≫ EDIT

家庭の「日常」が施設の「非日常」

 Wolfさんって、土曜日や日曜日に会うと、夕方には「ご飯作るから…」って、そそくさと帰っていくのよね。

 でも、あたしと一緒にいた女の子は、かなりビックリしていたみたいね。
 あたしは、食事を作ることに関しては、性役割分業意識はないから、別に変だと思わなかったけど、男の人がご飯を作るのは、まだまだ珍しいみたいね。
ま、今風でとてもいいと思うけど。

 それにしても、あたしも、日常生活を「普通」に維持するのが戦いになっている。
 施設は、過剰刺激環境だから、刺激のない日常生活は、退屈だと思ってしまう。

 だから、写真を始めて、退屈な日常に刺激を与えるようにしているけど、平穏な生活を頑張って続けなければならないのね。

 彼は、刺激が大嫌いで、仕事以外は家でのんびりするのが好きな人だから、お出かけ大好きのあたしとしょっちゅうぶつかるの。
 ま、浮気しているんじゃないから、最近は諦めて、出かけることを認めてくれるけど…

 夕食は、あたしが作るときは、あたしが作りたいものを作って、「出されたものは黙って食べる」なんて言っていたときがあったけど、最近は、一応、聞くようにしている。

 あたしの手料理、Leiちゃんに食べさせてあげたいわ。

| Maria | 2007/12/03 02:30 | URL | ≫ EDIT

子育てって・・・。

「~が食べたい」「おなかへった」と言われると私は不思議ちゃんが出てきます。
自分自身が食べたいものって、あまりないですが、娘はあたりまえに「かあさん、あれつくって」と当たり前に言います。
これは妹もそうですね。

夫が単身赴任してからは、特に夕飯は「娘の食べたいもの」が並んでいます。

里子ちゃんたちがいた時も思ったけれど食事の時間って楽しい時間なんですよね。
私は子どもにそれを教わっているようにも思うし、自分には経験できなかった「おいしい食事」を今体験しているのかもしれません。
きっと一人でいたら、飲まず食べずになってしまうかもしれないですね。

社会人になって、友達の家での家族そろってから「いただきます」の光景も「あら??」って言うほど新鮮でした。

ごくあたりまえの経験を子どもの時にしてて欲しい。
ごくあたりまえのこどもらしさを経験してて欲しい。
そんなふうに、「それが当たり前の社会」を子どもに手渡したいですね。

| kasumi | 2007/12/02 13:53 | URL | ≫ EDIT














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