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暴行死:「和子6才いじめで死んだ」 養護施設での集団暴行

読書感想未満





 集団の暴行の様子が詳細なので初めは読書が進みませんでした。しかし、社会的養護の元にある児童養護施設の子ども達が本来持っているはずの権利について理解しやすく説明されていて、職員の義務とその違反について等、よく理解できました。ただし、施設出身者の方の中には、この内容の各部分がキツく感じられると思います。どうぞ気をつけて。


 ここから先は、集団による暴行の内容に触れています、引用部については注意しながらお読みください。
 
 




 入所以来、当初は数人の男児に、やがて、広田冬子(中学二年)、井口春子(同)、木村春子(同)、木村夏子(小学六年、梅野秋子(同)の四人から執拗な「いじめ」を受けるようになった。その内容は、担当保母のきわめて簡略な「児童育成記録」によると、絶えず和子の私物を隠して困らせる(傘、館内用上ばき片方、文庫から借りた本、鉛筆、夏用制帽、水着などで、いずれも後日、屋根の上、ごみ箱、他児の本箱、他児のロッカーから発見される)、罵倒する、顔面・頭部の殴打、箒による殴打、足蹴り、又裂き、手足をもち放り投げる、髪の毛を掴み壁に打ち付ける等々などの激烈な暴行を、ときに1人の児童から、しかし大体は集団的に約四ヶ月に渡り受けていた。

 事件発生の一九八二(昭和五七)年、八月七日の前々日から、和子への暴行は重大化していたが、前日六日の夜、消灯後の午後九時一〇分頃、和子の居室(二階、四号室、八畳、和子の他に六歳、九歳の女児各一名)に、約六名が入り、主に、広田、井口、木村、梅野の四人が交互に、和子の顔面や頭部を殴打し、鼻血を見た後もなお続け、点呼で一度各自室へ戻ったが、後さらに集まり、股裂きの暴行を山本書記が入室するまで継続していた事が、右四人の警察署での供述で明らかである。
 
 中略

 翌八月七日、児童が朝食を終わり自由時間に入った直後の午前八時三〇分頃に事件が発生した。警察調書によると、二階四号室の和子の部屋で和子に対し、広田冬子・井口春子(いずれも中学二年)、木村夏子・梅野秋子(いずれも小学六年)の四名が中心に、告げ口をした渡辺あつ子(小学三年・但し暴行行為は不明)と小川正(中学三年)も加わり、交互に激しい集団暴行を加え、最後に梅野秋子が、かろうじて座っている和子の右肩の辺りを蹴り上げたところ、のけぞるように後方にあったベビーダンスの取っ手に後頭部をぶつけ、意識不明となり倒れたところへ、たまたま二階へきた横田恵子保母が発見、救急車で近くの原尾島病院を経て岡山大学医学部付属病院へ入院、手術を受けたが、八月十二日死亡したものであるが、その他に頬・顎・耳下・上・下肢などに皮下出血を認めている。



 当時の大人が全て放置した事件
 
 この本を読み進めるうちに、当時の児童福祉法の枠内での様々な、子ども達が有する権利と大人の子どもに対する監護に関わる権利と義務などについて、細かく分析されていていつの間にかのめりこんでいた。

 昭和五七年というとはるか昔のようで過去のものと思われがちだが、養護施設の配置基準や最低基準については、戦後60年経っても旧態依然のまま、という言葉を散々聞かされているので、時代を逆行している気持ちは薄かった。

 平成の世の養護施設の職員配置基準に焦点を当ててみれば、昭和五七年の配置基準と、どのように変化しているのか、してないのか、様々興味を引く資料でもあると思った。

 この事件を読み、どうしても、彼女が助かるチャンスをことごとく奪われたという印象がぬぐえない。

 子ども同士のいつものケンカとして重要視せずにいた事も、いじめられている和子さん自身が普段から、生意気な態度を取っていたという子どもの意見を取り入れ、和子にも問題があったとして、その場をスルーした事も、どちらにしても(結果として)放置していた事に変わりない。

 
 読み進めるうちに様々な義務違反が林立するのを圧倒される気分で読んだが、なかなかわたしにとっては、様々な方面から1つの事象を丁寧に分析している読みやすい本だという印象を持った。

 施設育ちの中には、感情の部分で多少の揺さぶりがあるかもしれないが、わたしにとっては、とても勉強になった。施設の集団養護の問題が、多角的に捉えられているので何冊も本を買うよりもお得な?気がした。あと三回くらい読もうと思う。

覚え書き



 いじめが日常生活の中にある子にとって、それは特別な問題となることではない。

 注意をされても、「運が悪かった。みんなやっているのに」という程度になってしまう。たいしたことではないと思っていたことでも、本人が真剣に迫れば、それなりに気をつけて生活するようになると子どもたちは言う。



 本人が気をつけるという中には、今度は見つからないようにうまくやるというのがほとんどだった。つまり、見つかる子はやり方が下手なのだという感覚が身に付いている。養護施設は子どもの地獄だ、その地獄について語れる子は、今もほとんどいないので、このような本から情報を得る事しかできないと思った。

| └ 読書中 → 完読 | 10時26分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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