PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

家庭育ちの夫への整理できない理不尽さを覚えてしまう

コラム

 生まれ変わる事はないけれど、今度生まれ変わったら親がいる子になってみたいとこの頃思う。無愛着でもいい事は何もないし、人を傷付けてしまうしね。

 愛着行動と簡単にいうけれど、施設全部育ちにとってこれほどハードルの高い目標はない。親がいないんだからしっかり1人で生きていこうと、子どものうちに決めたのに、今は愛着が出てこない自分に自分でも苛立つ。

 気付けば誰もいない人生を納得させるのに子ども時代の全てを使ったのに、今度は大人時代の全てを使って人は1人で生きてはいけないと、考えを改めなくてはならない。わたしはそう簡単に概念を変えられる人間じゃない。今まで辿ってきた道を否定するような生き方をせねばいけないなんて。そうしなくてはほんとうに離婚一直線だ。

 ズルイと思ってしまう事も多い。

 寝坊するし、だらしないし、いいかげんだし、部屋は汚いし、食べこぼすし、そういう彼が許されて、どうして寝坊もしない、だらしはある、ちゃんとしてる、部屋は完璧にきれい、食べ方に配慮する、そういうわたしが生き方変えなくちゃいけないのかと、ともすれば、夫を施設へぶち込んで、性根から叩きなおしたいと思うのに、どうして厳しく生きる自分が間違いで、のんびり生きる夫が正しいのか・・・。

 そういう感じでテンパッてばかり。

 夫は「そういうもんだ、施設みたいな軍隊式に育てられてないよ俺は、だって家庭は軍隊じゃないし、収容所でもない、家庭なんだよ、君がいくら家庭的養護をされても追いつけないよ」

 もちろんそんな事は判っている、判りすぎるくらいに判っているけれど、今まで真面目にきっちり生きてきたと自負する自分がピエロみたいで、ぜんぶ放り投げたくなったのだ。

 家庭の子は、愛着があれば、親を慕ってれば、生活が多少ルーズでも許されるっていうんだろか???そしてそれは間違いじゃなく、親がいなくとも厳しく自分を律して生きてきた自分の方がおかしいという事ならば、確かに、確かに、とても理不尽で、自分は何をやってたんだろうと感じる。

 自分は誰にもめいわく掛けない事に重きを置いて生きているのに、そのかたわらで、甘え放題の家庭の子の夫は、世界から祝福されて生きている自信に満ちて、まったくわたしのイライラなど眼中になく、自然体で生きている。



| └ コラム | 11時27分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/454-047a87ca

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。