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覚悟:絆はわたしではなく(わたしが関わる)子どもたちに必要なのだ

スタンス

関わる

 題名の【関わる】という意味については間接的な関わりも含めることにした。里親さん応援のブログの発信や資料作りや、はたまた施設内虐待に関する事まで、広い意味で捉えることにした。自分が直接子どもを産んでいない事で逃げている部分は、活動を通して間接的に関わる子どもたち全部に影響する事だから。わたしはわたしがしている事で派生するいろいろな影響を考えたとき、子どもの育ちに関わる発信をしているのだという認識をさらに強くしたいと思った。



 絆を持つ重要性を実感として感じてない自分が、なぜこのような内容の発信を続けるのかというと、それは、極端に表現すれば、育ちきった大人のわたしに大人との絆が必要なのではなく、将来わたしが間接・直接的に関わる事になる(なっている)幼い子どもたちに愛着関係や絆が必要だから、わたしは子どもの為に絆を学ぶ必要があるのだと考えることにした。

 自分が納得する世界観で生きるなら子どもの為の活動も含めて子どもにかかわる事をしなければいい。そうすれば結果として虐待したりネグレクトしたりせずにすむ。でもわたし達は子どもを産み育ててはいないけれど、仮にも里親さんを応援サイトを立ちあげココまでやってきた。

 その子どもに必要な環境を考えている自分が、子どもを産み育てていないからという理由で、育ちきった自分に絆はいらない、愛着も必要ない、固定された人間関係も必要ない、後は神様がなんとかしてくれると神様に丸投げするのか?と、自分自身に問わねばならない。

覚悟
 
 それは一人で生きてきた自分が納得するかどうかじゃない。きっと納得など出来ない。
 それは、大人のわたしが子ども達に必要な環境を真剣に考えるなら避けては通れない事。
 
 でも自分には無かったからといって自分の絆を維持しないのなら、他の子の絆も考える事などできないだろう。ブログ発信も、里親さん勝手に応援ブログも、STOPのサイトも、自分が関わる全てをやめる覚悟で背を向けなくてはならない事だと思う。もし絆を維持する事ができないなら、来年のブログの挨拶は出来ないだろう。その時はわたしは全て活動から手を引く事になるだろう。

 誰にも頼らず甘えず絆もなく生きてきた事を肯定したいなら、子ども達に絆を、甘えていい環境をとは言えない、二つの思考を両立させることはできないと、強く思った。

 これを年頭に考えていた。

| └ スタンス | 17時21分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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