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生き延びたその後に、少しでも人生の楽しみを見出そう

コラム

新年会

20080111-1


 昨日はひさしぶりにWolfとMariaとLeiの3人で少し遅い新年会を兼ねたお食事会に行った。【2人でおごってくれてありがとう】いつも顔を合わせる3人だけど、慣れ親しんだ居酒屋と違い少し贅沢な食事の場に行くと、雰囲気もガラッと変わり非常に新鮮な気分。心なしか言葉遣いがよろしくなったり・・・。【でもおしぼりで顔を蒸してゴメン】

 わたし達は生き延びたその後の事についても話し合う事が多い。

20080111-2


 ハイあなたは保護されましたよ、それで何か文句がありますか?

 というニュアンスの言葉を常に聴かされて育ってきたので、生き延びただけで幸せと思わなくちゃいけない、その後の生活の楽しみ方や、努力目標を考える事が苦手だった。特にわたしLeiはその傾向が非常に強く、2人をとても心配させたりしているようだ。

 施設で保護されました、虐待で死ぬ事を考えればずっといいだろ?お前なんか施設がなかったらとっくに死んでたぞ。

20080111-3

 
と職員から言われてた。
 
 だから、施設で育った事を否定できずに、里親委託への道を絶たれていた事も考える事が出来ず、全て施設で育ったおかげで、生きていられたと思う事へ思いを収束させようとしていた。

 わたしは里親家庭に引き取られた子の人生が、すぐにばら色になるなんて思わない。そこには必ず絆の為の戦いがある。

 ただ、里親家庭では少なくとも、一人の人間の子になれる。ひとつの家庭の形を知る、ひとつのの家族のありようを知る。その形を芯として家族のありようについて、家庭システム全般を考える事がたやすい。それだけで、時間の短縮になる。【これは自分が、夫の育った家庭をひとつの例題として考えながら、家庭のありようについて試行錯誤できる環境にある事からも言える】

 施設は家庭システムとは全く違うので、家庭を体験していなければ社会へ出てから無駄に時間を使う事になってしまう。人生は思ったよりも非常に短いのに、施設の概念だけを武器に社会へ戦いを挑む・・・その時間が非常に無益に流れてゆく。 

20080111-4


 施設を出て生き延びて、わたし達は食事や話を楽しむ方法を勉強している気がする。

 それは、人生の楽しみと引き換えに生き延びたと納得するのじゃなく、自分達で人生の楽しみを知るために、生き延びたら生き延びた者として、人生を少しでもよりよく生きる努力を惜しまないように・・・と。

 生活保護世帯が、生活費を支給される為の条件として、さまざまな楽しみの要素を取り上げられている事がしばしば問題になっている。それが社会的養護下にある者の、生きる事とのひきかえ。だけど楽しみを奪われ、生きる喜びを求める事が出来ず、いわゆる最低基準の下で生きる。

 わたしは施設時代、クラスメートの男子から家畜(動物)だと罵声を浴びせられた事があった。

 今なら、その言わんとする事の意味がわかる。

 その親が子に言わせた言葉はまさしくわたし達社会的養護の下にある子ども達を、あの子らには餌を与えて小屋の中に集団で住まわせておけばいいという、本音の表れだろう。そういう社会的偏見を偏見というより本音だと思っている。もともとは戦災孤児の浮浪児狩りから養護施設は生まれた。

 でも、

 今のわたしは食事を摂る時に人間として楽しくおしゃべりしながら食べたい。わたしより少し先輩の2人は、わたしにそのようなごく自然な食事の時間を教えてくれている。食事の概念が、とても優しくプライベートなものになっていく・・・。

 とても2人に感謝しているので【最近戦記ばっかり】にUPしました。
 

| └ コラム | 10時34分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

意識しなくてはならない事柄

 Yukiさん、初めまして。丁寧なコメントをありがとうございます。実際に里子と接する機会がある教諭という立場からの視点をお持ちであるという事。

 その方が

 私も、乳幼児は絶対に里親の方に育ててもらいたいと思います。

 と言って下さる事は本当に大きな励みになります。わたしは里親家庭を体験していない上に、乳児の頃にどこで育てられたのか最近になってあいまいなので、うれしく思いました。

 3歳になった時、渋々と児童相談所は里親委託に向けて腰を上げる…。
3歳になるまで、とても高額な措置費が行政から支払われるから


 3歳になるまでは乳児院が子どもを抱え込む、その乳児院で完璧な愛着障害児になるまで放置しておいて3歳で措置が切れる頃にしぶしぶ里親家庭へも委託する。

 しかしその頃には子どもは立派な反応性愛着障害児となっているので、当然愛情の力の続かない里親や勉強不足の里親などは、その子を持て余してしまい、児童相談所から、今度は養護施設へ措置変更されてしまう。その時点で里親不調とされ、その子どもは施設から出られなくなる。

 児童相談所は里親家庭で子どもをどう育てていくかのアドバイスよりも優先して、施設へ子どもを委託しましょう、という話へ流れていきやすい。養護施設への間口は非常に広いのです。【児童養護施設の措置費も又、莫大な金額が支給されます。ちなみにわたしは一つの施設で約一億円の措置費で小学生~高校まで育ちました。#職員の人件費や施設の整備費含む】

 この女の子は反応性愛着障害児ですから、最低でも十年はこの状態が続くと思います。わたしの知り合いの里親さんは二歳半くらいで子どもを委託してから(今は小学生の高学年くらいになったと思いますが)子どもの愛着障害に悩まされ続けたそうです。

 子どもを養護施設へ入れるかどうか思い悩む日々だったと思います。でもようやく、最近になり、子どもも家庭にいるのが普通の感覚が身についてきたそうです。

 語りだしたらレスというよりも親記事ほどのボリュームになってしまいますので、このあたりで。Yukiさんの言葉から、何が問題であるのか、意識しなくてはならない事柄についての問題意識を、持っていらっしゃると感じました。

 お越しいただいて、本当にありがとうございます。その里親さんの道のりは長いと思いますが、どうかこれからもさまざまな人と繋がりながら、その女の子を手放さなくて済むようにと、願わずにいられません。

 最後に。

 反応性愛着障害という認識をもっと世に知ってもらいたいです・・・。それは本来里親さんが責を負うものではなく、乳児院で数年も放置されていた事から来るものであり、里親は子どもを手放さないように子どもの心理について勉強しなくてはならないのです。特に捨てられた上に集団養育の場で育った子について勉強してもらいたい。

 でも里親不調という、まるで里親家庭で問題が発生したかのような言葉【問題のある里親から子どもは保護されるべきなのは前提として】には、わたしは個人的に怒りがわきます。その為に、施設全部育ちですが発信を続けていく所存です。

 ありがとうございました。
 
 又来てください、職業人としてだけでなく、一人のあなたとしても。でも、わたしももっと勉強しないと(滝汗)
 

| レイ@Yukiさん、初めまして | 2008/01/13 03:57 | URL | ≫ EDIT

Leiさんこんばんは。
そして初めまして。yukiと申します、よろしくお願いします。

『乳幼児は原則里親委託へ』という記事を読みながら、こちらのブログへお邪魔させていただきました。
私は昨年から、里親について多くを考えさせられる機会にめぐり合いました。
現在、幼稚園教諭をしています。

私のクラスには、乳児施設で3年間を過ごし、里親に引き取られた女の子がいます。
引き取られてすぐ幼稚園へ入園、この一年間は親御さんにとっても大変な一年だったそうです。
お母さんは私に色んなことを相談してくださいます。
私にも「この子がやったこと、何でも教えてください」と言ってくださいます。お互いに「一緒にがんばりましょう」と、一年を過ごしてきました。

お母さんの言葉で印象的なのが
「どうして赤ちゃんの時に引き取らせてくれなかったのだろう、と思います。赤ちゃんの時から引き取りたかった」
ということです。
私も色々と県のほうで調べたのですが、児童相談所は、赤ちゃんが乳児院に措置されると、3歳になるまで離さない、と聞きました。
それは措置費が高いから。
3歳になった時、渋々と児童相談所は里親委託に向けて腰を上げる…。
3歳になるまで、とても高額な措置費が行政から支払われるから。

この結論を聞いたとき、本当にショックでした。
赤ちゃんがお母さんと一緒に過ごすことがどんなに大切か、そのことが大人になってどういう影響を与えるのか、反応性愛着障害の子供を引き取った里親がどんなに苦労をするのか…私も、乳幼児は絶対に里親の方に育ててもらいたいと思います。

私もLeiさんと同じく既婚者です。
でも長年子供に恵まれません。
もう諦めているんですけどね。
里親制度についても、実は身近な問題としていつも注目しています。
「里子」として引き取られた子供の担任をさせてもらったのは初めてですが、
やはり簡単とは言い切れないこともたくさんありました。
問題も色々とありました。
「私では役不足」と何度も思いました。
でも、まだ自分の気持ちも十分に伝えられない3歳の女の子、私の知らない乳児院という世界で想像できないことを経験してきたのだと思います。
たくさん、寂しい思いをしてきたのだ…と、彼女の行動を見て感じます。

新参者なのに長々とすみません。
また遊びに来させてください。

| yuki | 2008/01/12 18:59 | URL |














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