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心理:無愛着の当事者が書く記事は当然ながら無愛着なのだ

コラム

 自分の軌跡を残したい衝動

 自分を大好きな夫は、自分が生きてきた軌跡を大事に取ってある。たとえば記念撮影は同じ場所で延々と撮り続ける。去年と今年の区別もつかないのに彼はきちんとマメに撮っている。わたしは写真を撮られる事に抵抗があるので撮らせないが・・・。でも彼の事を【自分大好き】という表現を使ったけれど、それをわたしは大事な事なのではないかとも【最近は】感じている。

 記念写真を撮りたがる夫も、彼の育ちの中で彼の育成を撮り続けてくれた親との歴史があるから。実際わたしは姑から、彼の母親の若い頃~夫の赤ん坊~七五三~小学校~大学時代まで、延々と残され続けた写真を見せられた。だから彼が「自分の記録を残し続けていく事は彼の中では何らおかしい事ではない」のに、定期的にリセットされる養護施設で育ったわたしの目には驚愕の事態だった。いつも全体集合写真で、個人的なものではないから、家族と共に、又は一人だけ正装して写っている写真があるのは驚きだった。夫を何処かの貴族かと勘違いした。

 自分を好きになるというイメージはある意味、反射鏡のようなもので、自分を好きと言い続けてくれた人が彼の過去に絶対裏切らない存在として居続けた【たぶん彼の親】それを精神的に反芻しているのだろうなと思えて、愛着持つ人というのはかくも切ないものを持つのかと思わせる。その幸せな夫の時間を奪いたくないから、なるべく言葉遣いには気をつけるようにしている。わたしの虚無を彼の空間にぶつけても意味がない。

 ただ・・・。

 わたしは彼のように、単純に過去へ回帰できない。過去を否定して虐待の連鎖をしないようにと努力しているわたしは彼のようにはいかない。彼は子ども時代の幸せで温もりに満ちた体験を、子どもを作る事で再現したいと言う、でもわたしは子どもを産む事で冷たくて寂しく虚無の世界を再現したくないのだと思う。その結果、子ども時代を整理しなくてはならないのはわたしの方だと【不承不承】理解する。

 この家族で自分の過去を整理なくてはならないのはわたしなのだ。

 わたし達【LeiとMaria】が過去の整理をするのは、メンタルヘルスというよりはもっと直接的な【大人の役割】に応じた、過去の整理のひとつなのだと感じる。それが最終的に自分の心を慰める結果になればいいけれど、乳児院・養護施設だけで育ち続ける子ども達の声があまりに届きにくいので、

 毎日ハラハラとしながら、戦い続けているような気がする。

 無愛着なわたし達は無愛着な世界しか描けない。愛着の世界を手に入れた人々は悲喜こもごも、その声で、こころで、いっぱい世界へ発信してほしいと願う。わたし達は両手の隙間からまぶしく見つめるが、やがては構築したい世界でもある。

 捨てられた筈の子どもたちに出会いの奇跡を・・・。



物言えない子ども達

| └ コラム | 18時42分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

写真で思い出したのですが、2歳半まで施設にいた子は乳児院と養護施設に居た時の写真を数枚もって うちへ来ました。笑っている写真は一枚もありませんでした。なぜ施設では微笑めないのか 分かったのは十年ほど経ってからだった。
その次にうちに来た子は 1歳から10年間 施設にいて その後 実の親が迎えに来て 親の所へ戻り そこで4年間 養育放棄にあって うちへ来たのですが、この子の居た施設には 「お仕置き部屋」があったそうです。一昨年 弁護士会がこの施設を訴えたから その時に その部屋も無くなったかと思います。普通の家は 部屋数が少ないし、お仕置き部屋のある家などないです。いつ何どき その部屋へ放り込まれて なぶりものに されるか 分からないのですから 笑っていられません。

| jtw | 2008/01/24 08:35 | URL |














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