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集団生活:集団行動がとれない子

 生活が集団である限り、当然ながら落ちこぼれてしまう子が出てくる。その子がどのような気質であろうが、集団生活は決められた時間内で必要なことをする最低限のルールがある。

仲間ってなに?

 どよ~んとした絵が多いです・・・。

 しかし、その制限時間内に間に合わない子がいるのだ。

 集団生活の場では、このような遅れがちな子への風当たりは非常に強い。自分の事は自分でしなくてはいけないというのに、いつもワンテンポ遅れる子が「みんなの足を引っ張る」結果となる。本人に悪気はないのに、いつの間にか迷惑を掛ける存在となっている。

 それでなくても施設では自分の事以外に、掃除や体操、早朝マラソンなどやる事がいっぱいあるのだ。そんな忙しい毎日の中で、一人の子の為に全員が迷惑をこうむる事は何が何でも避けないといけない。 

 でも行動の遅れやすい子は集団の中でますます遅れが目立ち、ますます、職員や上級生や仲間から嫌われ、孤立しやすくなる。

 又、本人も集団に迷惑を掛けているという心理に陥いりやすい為、普段の生活の中でも、集団の中に入りにくい。さらに自分の状況を説明するという事は、他の子たちを責める事にもなりかねないので、まずます自分が置かれている状況を説明できず、結果的に言語化できない悩みを抱え込んでしまう事になる。

子どもが育つ環境としての前提とは

 わたしが考える集団行動が取れない子というのは、この様に全体のリズムに乗れない子どもの事だと思っていた。【虞犯少年や虐待家庭から来た愛着障害の子については端折ります】

 わたしは「集団行動がとれない【色々な行動が間に合わない】事を問題行動とされる養育環境というのが、まず、前提としておかしい」と思う。何事も集団生活ありきだからこそ、その子どもの自然のリズムが遅れの問題とされる。これでは萎縮してゆき、育ちに必要な部分が育っていかなくなる。

 本当ならば、ゆっくりとそのおっとりした子のリズムに合う生活というものがあるだろうに、養護施設という生活の場では、発達段階に関係なく全く同じ行動を瞬間ごとに要求されているのだ。

 だから、かつて集団生活の場で落ちこぼれの烙印を押された子たちは、不当な評価を受け、不当な扱いを受けていたのだとも思える。集団行動がとれない事、それは本当にその子の問題なのかという点を、集団生活の場では、これまた考えても意味のない事になってしまう。又仮に、その子の発達に少しの遅れがあったとしても、家庭ならば親の采配で様々な事をコントロールできるのだ。

 子どもが育つ環境として、まず、一般の家庭生活を考えない養護というのがおかしいのだと思う。

|  養護施設にいる間の問題 | 09時20分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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