PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

語り方そのものが難しい養護施設の長期入所児童が抱えている問題

養護施設に居る間の問題

良い施設と言われ

 もし、わたしに養護施設での虐待のはっきりした記憶があり、その後の人生に影響を与えるほどの暴力行為の記憶があれば、わたしはきっと「施設で育つ事そのものの問題」について考える事はなかったと思う。

 わたしは、地域の虐待を受けている子が保護を求めて駆け込んで来るほどには信頼されている施設に入所していたし、モデル施設【そんなものはないと後で知った】だと教えられていたので、かなり進んだ施設だと思い込んでいた。

 生活が厳しいのは一度目の施設も同じだったので、その点については考えて来なかった。施設で育ったのは親が居ないのだからしょうがないと思っていたし、これが避けられない運命だと思っていて、それでも負けないで生きていこうと漠然と思っていた。

結婚を機に気付いた問題

 でも結婚後、家庭を知らないというありえない問題に直面する事になった。そして無愛着という問題についても知る事になった。わたしは虐待の無い施設を出たのだから、家庭を知らない事くらい自分自身で何とかすべきと思っていた。しかし、これは修復すべき問題ではなく、構築すべき問題である事に気付き、養護施設で育つという事について考えるようになった。

 そして、考えていくに従い、今までは気にせずにいた養護施設独特の生活について、次々と気になることが出てきて、養護施設は家庭ではないのだという根本的な問題に直面する事になった。

 施設でもし、わたし個人がその後の人生に大きく影響を与えられるような重篤な虐待を受けていたとしたら、この様な育ちの問題を考える余裕もなく、この世界で今も様々なトラウマと戦うだけで精一杯だっただろう。

 わたしが、子どもが育つ環境について考える事ができたのは、虐待を受けていないのに、何故わたしはこんなに迷っているのか、何が気に入らないのか?と、自問自答した結果なのだ。この悩みは他の人【虐待を受けた人々】からみれば贅沢な悩みで、時々ブログ内容にツッコミが入る事が多かった。
  
 施設の虐待を無くす為に戦っている職員などがいるとしたら、施設で10年以上子ども時代を過ごさねばならない子ども達の事も考えていく事もできる筈なのに、なぜか、長期入所児童の問題には触れない人が多かった。
 
 そのような事から、養護施設に虐待がなくとも子どもが育つ環境としては相応しくないと思うようになり、あくまで一時保護の場所としての機能を果たしてほしいと思うようになった。

里親さんの「見えない子どもの問題」との戦い

 わたしのような無愛着の問題を抱えている出身者は特に語る方法がなくて、沢山の表現の失敗を重ねて、ようやく、ここまでに至ったのだと考えている。目に見えるものは語りやすいけれど、目に見えないものは表現方法すらない。

 それに無愛着の問題はとてもその子の個人的資質に委ねられやすく、個人的問題として切捨てられてしまう。他者との固定された関係性が無いので、他者へ責任を持っていく事も難しい。

 里親さんも施設から委託された子を、可愛がれない事を自分に愛情がないせいだと自分を責める場面が出てくるが、施設から委託された子は可愛くないという前提を知らない為と思われる。それは養護施設では子どもの可愛らしさは生き残りには関係ないという現実を抱えている為、子どもは親に子どもらしさを表現しないだけなのだ。

 乳児院・養護施設だけで育ってきた子どもの問題と直面する里親は、この様な見えない問題を抱えている無愛着児童と日々対峙している。虐待の見える傷には向かえても、何が問題なのかが見えない子どもと向かい合う里親さんたちを、どうすれば応援する事になるのだろうかと考えながら生きている。今出来る事は、施設育ちとしての気持ちを書く事しか思いつかない。

 それでも変わらぬスタンスで書いていこうと思った。

|  養護施設にいる間の問題 | 06時11分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

揺らがない

 yukiさん、コメントをありがとう。yukiさんの言葉を読んでいるとイメージが何故だか浮かんで来ました。この状況に近い場面を養護施設内でいつも見ていたような気がして、ドキドキしました。

 わたしは高校へ行ったので、保母さんの仕事を手伝う事もありました。あまり自覚してはいなかったのだけど、保母が子どもと触れ合う様をモデルにすると、何か大人のわたしはギクシャクしてしまいます。

 保母のような立場に一瞬立たされた【といってもその瞬間だけのお手伝い程度ですが】あの時に、施設の限界を体験したのかもしれません。

 少し親記事を書いてみました。今まで書いた事のない記事だと思います・・・だから、少し自分でもピンと来ないのですが、yukiさん、風邪を引かないようにね。

 彼女【その小さな子】の目の前からその里親さんが去らないで欲しいなとしみじみ思いました。あまりに大変ですけどね・・・。

| レイ@雪がすごいですね | 2008/02/03 13:02 | URL | ≫ EDIT

Leiさん、こんばんは。
久しぶりに来てみました。

ここ数日、心に決めたことがあります。
もう揺らがない、ってことです。
たくさん悩んで考えて、頭の中がどうにかなりそうな日々。
例の子供さんについて、保護者数名から寄せられる苦情。
「うちの子供が叩かれている」
「傷がある」
「施設育ちだからではないか?」

もちろん里親さんにもお伝えしましたが、詳細は伝えていません。
「ちょっとトラブルがあるようです」と言いました。
大変ショックだったらしく、すぐ専門家へ相談。
私も担当の保健師さんと電話でお話しました。

本当にたくさん色んなことがありました。
問題は、誰かを叩いたということではなく、なぜ叩いたのか?
そして、一番悪いのは現場を把握していなかった私です。
里子さんは、躁鬱があるような気がします。
どうにもならない時、激しい時、無気力な時もあります。
その時の波が激しい。

担当の医師からは、愛着障害の傾向は今のところ見られないとのこと。
でも里親さんは、愛着障害、学習障害から来る症状だから仕方がない、と言います。
そうでしょうか?

私は、里子さんを障害として受け取るのではなく、出来るだけ同じように接して行きたいです。
もちろん問題だらけです。
でも、
何が悪いのか?
なぜやってはいけないのか?
今、そのことを教える大切な時期だと思います。
彼女が悪いのではなく、彼女の未熟な脳がそうさせているのなら、尚更です。
その子にとっても苦しい山なのですよね。
お母さんと一緒にいなくてはいけない大切な時期に、
一人で頑張ってきた。
人に対する痛み、信頼感を体で覚えないまま引き取られ、
また今 違う環境で頑張っている。
その苦しみは、想像を超えるものだと思っています。

私は決して揺らぐことなく、一つ一つ彼女に付き合って行きたいです。
一つずつ伝えて行きたい。
すぐゼロに戻ってしまうけど、色んな周りの人(里親さんも含めて)に協力をもらいながら、やっていきたいと思います。


| yuki | 2008/02/02 18:18 | URL |














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/505-e7062ff4

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。