PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

家庭内での愛着と共感性を繋ぐモノとなる共通体験が施設育ちには無い

養護施設を出てからの問題


 養育体験に基づいた概念の違い


  前の記事で書いたものは、一言で言うと、家庭の話をする上で前提条件となる【ある程度の】共通体験が、あるかないか、という話を【自分が】したいという事に気付いた。

 これはどちらかの善悪を問う問題ではなく、共感性の大元となる過去の共通【又は似ている】体験が無さ過ぎるところに、考える為の要素があったという事だ。

 もともと夫がわたしと結婚した理由は、仕事に対するまじめな姿勢を見てという事だった。

 「彼女はまじめな人なので、こんなまじめな人ならば、家庭を大事にしてくれるし、子どもを大事にする良き母になるような気がする」と。

 さすがに彼の考える家庭的な人観には今ならば驚ろく事も出来るが【あの頃は】わからなかった。

 でも実際は、わたしが仕事に真面目なのは、家庭を大切にする問題とは【理由が】違う。わたしは給料を貰う以上、きちんと仕事をしていただけ。しかし彼は【わたしの育った環境を知らないので】仕事ぶりを見て、わたしを『家庭的な温かい人』である筈と思った。

 つまり夫は、まじめな人=家庭的な女性という短絡思考に走ったのだという事だ。

 わたしはまじめに働く事≠家庭的な女性像は結びつかない。それよりも給料を貰っているのだからきちんと働くべきと思っていて、それは社会通念上大事なものと思っている。

 ここで問題とする【すべきと思った】のは、家庭内での夫婦間の共感性について、ホームとなる家庭での概念の違いそのものが、互いのあまりに違いすぎる養育環境にあるという事なのだ。

 
 個性に応じた違い(問題視せず)


 わたしがこの家庭内での共感性の問題を取り上げるのは、単に好きな歌が違うとか、好きな景色が違うとか、の違い全般を、児童養護施設育ちと家庭育ちでは違うと言いたいのではないと書いておきたい。【違いがあっても壊滅的ではないという点で】

 わたしとMariaも施設育ちだが互いに好きな歌は違う。そして相手が自分と違う部分を楽しんでいる。家庭育ち同士でも個性に応じた違いがある。好きな音楽などは兄弟間、姉妹間でも違うので、個性に応じた違いまでを、問題視するつもりは全くない。


 養育体験に根ざした違い(ホームとして考える際あまりの違いを問題視)


 わたしがこのブログで、家庭の人【とくに夫】と違うと思う部分で心配な部分というのは、やはり人間として生きる為【子育ての場】のホームである家庭内で共感性を持てない事の問題である。

 『母の温もり』というキーワードだけで、脳内の記憶の引き出しがバンバン開き始めて涙が出てくる夫と、そのイメージが全然浮かばないわたしの違いを問題とする。

 それは趣味趣向とは又違う問題で、これはその家庭の子育ての根本に影響を及ぼす。

 おそらく家族愛に反応する彼の家庭の感覚や母親イメージの方が、家族愛が琴線に触れないわたしの持つ施設の指導員・保母のイメージよりも、より、家庭の家族間に共感性を持ち易いと思う。何より【子どもがいれば】子どもとの共感性を持つ事が楽に出来ると思う。

 書く目的再考

 わたしの文章化は、まず、現在位置はここであると表明する旅人のようなものだ。わたしの羅針盤は今まで思い込み【施設は大きな家庭・家族であるなどなど・・・】の影響を受け続けてきたので、今、自分はどこに立っているのかを知るために書き記しているものだ。

 なので、なかなか意味不明かと思うが耐えられる人?はお読みいただけると幸いです。『家庭的な人』『アットホーム』という漠然とした家庭的イメージについても今度書こうと思います。

  追記:Maraのつっこみ・・・もとい、発言メモ

 忘れるから追記しときます。

 筋肉痛昼休みのMariaは、歌だって「お母さんの歌」の意味が判らないという。確かにわたしもそうだ。なので歌にしろ風景にしろ映画にしろ、家族愛をテーマにした歌は、共感しづらいという事が判った。

|  養護施設を出てからの問題 | 05時24分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/515-924769cb

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。