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うぇぶ担ひとりごと「作った素材を作り終わったらすぐに捨てちゃいけない」

地雷原かな?

 昨日はMariaのブログが繋がらなくて参った。彼女の撮った写真を使ってヘッダー部分の画像を作ったりするのが少し趣味になっているので、昨日のFC2の障害で画像が消えたのはショック。今はサイトを作る事はほとんどなくなり、実に個人的な趣味に埋没中。

 昔は、素材屋さんに写真をお借りして、ご挨拶をして、リンクを貼って、著作表示して・・・ロイヤリティフリーと言われても、何となく気になったり。

 今はMariaの撮る写真で、色んな事が出来るようになった。昔は自分でも撮ってたのだけど味も素っ気もない自分の世界観に少し嫌気が差していた。STOPのウェブをしていた前の人【前任の人?】の感性はすばらしいものだったから、対して無味乾燥な自分を自分で自信が持てなかった。だからSTOPのトップページの信号機の写真を見ると、エドワード氏にも申し訳ない気がしてた。

 そんな時、Mariaが写真に興味を持ってくれるようになり、瞬く間にわたしの表現も別の形になり、新しい翼を得た。彼女の撮る【その瞬間】は奇跡的なショットと個人的に呼んでいるほどのもので、わたしは一気に「素材屋さんの写真」へのご挨拶巡りから開放された。

 わたしは写真を撮るのを今は少し控え、わたしが好きな素材の選別やパターン配置などにうつつを抜かしている。全体的な組み付けみたいなものを考えるのがどうやら好きだという事に気付いていった。好きな事を好きに表現し、でも彼女の撮る写真の中の雑多な中にある特別な一瞬を取り出して、テンプレート【ブログサービスを借りてる場合は、元テンプレート作者がいるから、甘えさせてもらっている】に組み込み、写真素材として使うことができる行幸に酔った。

 だから、いえ、なのに。

 「捨てる」という問題がここでも出て来てしまった。

 わたしは一生懸命作ったものをいとも簡単に捨てるらしい。昨日はMariaが画像のバックアップを取らなかったわたしの無愛着さにショックを受けて、又、どうしょうもない喧嘩をした。

 いえ、どうしようもないのは自分だわ。

 彼女の撮る写真が好きで好きで、いつも、これらの写真のメッセージ性をピシピシ感じているくせに、わたしが素材として利用した時点で、つまらないものになってはいないかと危惧してしまう。野生を野生のままにしておけず、エフェクトばかりかけて、テンプレの写真素材としている自分の感覚が好きになれなかったり・・・。

 でも簡単に捨ててはいけない。

 わたしはMariaの撮る一瞬をこよなく愛してやまないから、彼女の撮った写真を使ったわたしの写真素材を捨てる事は、彼女の気持ちを受け取った自分の気持ちを無かったものにするに等しい事だと思った。わたしも自分の撮った写真を理解してくれる人がいるとうれしかった。あの信号機の意味を理解してくれたと思われるあのカメラワークをした人【NHKのカメラの方】に、個人的ながらもありがとうと、思うから。

 悲しませてばかりでごめんね、Maria。
 変わっていけるようにがんばるよ、あなたの為にも。

 うぇぶ担のシゴト【あくまで趣味】にも愛着というものが関係するのだと知り、世界が少し広まった気がします。ただあまりに無愛着すぎて、自分が気持ちを込めて作ったものさえ捨てる人はあまりいないらしいと知った。


 わたしはどうせ何も可能性のない人間だと思っていた。

 高校時代に読書感想文で新しい枠を付けて貰うほどの賞をもらった。先生の一人が「すごいぞ、親御さんが喜ぶなあ」と言った。その時の感想文は「ハーレムの熱い日々」という日本人ジャーナリストの撮った写真と文章に関する感想文だった。わたしは、写真というリアルを証拠とした現実世界の人々にただ魅せられた。

 わたしは・・・でもその賞状の捨て場所に困っていた。施設では、いつも捨て場所に困る話ばかり・・・。あの時は、捨てる事の意味を問わず、捨て場所探しをしていた。今思えば、それほどの何かを評価されたのなら、少し得意そうにうれしく話しても、きっと本当は神様の天罰は下らないのかもしれない。

 でも、得意になること、うれしくなることも、きっと不必要な世界で育ったんだと思う。その癖を何とか、何とか、少しでも自分の等分で考えられるようになりたい。

| └ 地雷原かも | 09時30分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

 Maria、本当にごめんね。

あなたが作ってくれたテンプレートは、当然あなたがバックアップをとっていると思っていたの。

 あっ説明不足だったね、ごめん。テンプレート自体はFC2に登録している作者さまの作ったものだから、自分はほんの一部だけね、写真の部分とかを変える為に、少しだけスタイルシートをいじる程度なの。

 今はブログサービスを借りているので昔みたいな苦労はなくなったけれど、時々、昔作ったサイトを忘れそうになっちゃう。

 もうSTOPの時に作ったテンプレートも里親シドさんの時のも見当たらない・・・その他のも。なんでそんな何もかも捨ててしまうんだろ、自分。結局サイトのアフターケアが出来なくなるよね・・・。

 シセツで生き延びたかったら目立つな

 これは施設っ子の鉄則。

 だから、あなたの行動も理解は出来るの。

 だけどね、もう、あたし達は施設にいないの。施設の悪影響を払拭しようと頑張っているの。

 あたしの最新の記事では、「バカの壁」ならぬ「シセツの壁」と書いたけど、あなたもあたしも、「シセツの壁」があるの。それを一つ一つ確認し、壁を乗り越えていかないと、あたし達はいつまでもシセツに囚われ続けるの。


 うん、これは今回本当に自覚したい。わたしはよく後腐れの無い女で・・・と重宝がられるところがあったりしたけれど、執着や愛着があれば、困ったという事なのかもしれないね。

 施設では目立つとたしかに・・・。でも目立っていても許される目立ち方はあったように思う。わたしやMariaのような感じの目立ち方は危ない。


 
 

| L@ごめんなさい | 2008/02/14 04:27 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、作り直してくれてありがとう。

 FC2がおかしくなっても、ほとんどの写真はフリッカーに置いてあるし、それ以外の写真も、全部自分のパソコンに入っているから、あたしは、心配していなかったの。

 あなたが作ってくれたテンプレートは、当然あなたがバックアップをとっていると思っていたの。それも、何年も昔に作ったものではなく、ほんの数日前に作ったものだから。

 それが、アップしたら原本を捨ててしまったというから、あたしは怒ったの。

 このテンプレートを作るのに費やした時間は、あたしへの思いを込めた時間なの。あなたの時間を、あたしのために使ってくれた、いわば、あなたの時間と思いが凝縮された作品なの。

 それを、無造作に捨てることが出来るのは、あたしへの思いも捨て去ることなの。

 シセツでは、子どもの作品は、どんどん捨ててきた。

 あたしも、作文コンクールやや少年の主張(なぜ、女の子でも少年なの?)なんかで、いくつかの賞をもらったの。

 だけど、養護施設では、目立つことは悪。生き延びたかったら、目立たないこと。人に褒められたり、注目されたりすると、やられるの。

 最上級生になれば別だけど…

 だから、あたしも、賞状は全て破り捨てていた。そんなものをシセツに持ち帰ったら、「ひけらかしている」と言われて、ボコされるの。

 シセツで生き延びたかったら目立つな

 これは施設っ子の鉄則。

 だから、あなたの行動も理解は出来るの。

 だけどね、もう、あたし達は施設にいないの。施設の悪影響を払拭しようと頑張っているの。

 あたしの最新の記事では、「バカの壁」ならぬ「シセツの壁」と書いたけど、あなたもあたしも、「シセツの壁」があるの。そりを一つ一つ確認し、壁を乗り越えていかないと、あたし達はいつまでもシセツに囚われ続けるの。

 子どもたちを施設ではなく家庭で育てて欲しいと訴えているあたし達が、施設に囚われ続けているのは、本末転倒なのよ。

 大事な人の思いを大切にする。その思いを持ち続ける。

 それが、あたし達の「脱施設化」なのよ

| Maria | 2008/02/14 03:06 | URL | ≫ EDIT














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