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「堂々と胸を張って生きていってほしい」という呪文

養護施設にいる間の問題

 微妙に省略されているコトバ

 「施設で育っても胸を張ってどうどうと生きるべき」と自ら思い込んでいた。でもそれも施設で毎日のように聞かされていた言葉。職員は、色んな言葉を省略してわたし達に訓示をたれる事が多かった。職員のブログを読んでも判で押したように似たような言葉が書いてある。
 
 「たとえ施設で育っても胸を張り、堂々と生きてほしい」

 一見前向きなので、確かにしばらくは堂々と胸をはり生きてきた。色々あり、現実を思い知らされたけれど。それでも省略されている言葉がある事に気付けず、バカの一つ覚えのように前向きに一人で生きていた。

 世間が教えてくれた職員が省略していたホンネ

 しかしその答えを知ったのは皮肉な事に、結婚披露宴の席で夫の親族が読んだ文章だった。前日に夫が仲人を頼んだご夫婦だとのこと。

 「Leiさんは養護施設で育ったそうです。『施設で育った私なんか生きていても仕方ない、私はだめな人間です』などと自らで自らを卑下せず、しっかりと胸をはって下さい」

 という文章を聞きながら既視感に陥るような、それでも理性が、施設では省略されていてよく分からなかったキーワードを解読してくれた。

 そう、世間の一般の【たぶん一部の】人々は施設の子が胸を張り堂々と生きている事を心のどこかで否定的に捉えているのだと知った。祝宴の席なので笑っていたけれど・・・夫もニコニコとしていた。夫が何の違和感も感じてないのだったら、わたしはこの違和感は封印すべきと思っていた。

 わたしは「自分をダメな人間です」と彼らに一言も言わなかったし「生きていても仕方ないとも言わなかった」でも彼らはわたしの気持ちを勝手に先読みし、それを文章化して公の場で公開しただけ。それは非常に無自覚なので、悪意とは又違う問題なのかもしれないが、励まされているのに気持ちが沈むような気がしていた。

 今のわたしの問題は施設的概念の真面目さにもあると思う。それも施設の限られた領域でしか通用しない真面目さ。施設の間違った指導の影響下で生きているという事を、受け入れて育ったままでは一般の人の意識が理解できない。
  
 それに、堂々と胸を張って生きていくの実は疲れる。本人は生まれた時からがむしゃらに生きているから何ともないが、逆風の嵐の中を前に進ませられているのだから、どこかでプツンと切れる。この部分が、真面目な人のピンと張った糸が切れた状態を言うのだろう。

 生まれた時から親元で暮らせない子どもたちが、生まれた事や生きている事を堂々と主張しなくてはいけないという事は、裏を返せば、堂々と生きられない現実があるという事だ。

 子どもが一人であり続ける事を、自ら選んだかのように、又は避けがたい運命のように、親のない子たちが捨てられたまま施設に放置されている現実を、社会的からも切り離されている現実を、まるで子ども本人の意思決定に委ねた結果であるかのように、さらなる放置をしれっと重ねている。

 親がない子が堂々と胸を張って生きなくては生きられないこの世界。それなのに堂々と生きれば図々しいと裏でささやかれる。ホンネと建前のコトバ遊びよりも、施設育ちには現実世界の体験こそが真実。

 里親委託が、まず一番最初に優先される措置として考えられていきますように・・・。  
 

|  養護施設にいる間の問題 | 18時40分 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

まさゆママさんへ

1.あたしはあなたを知りません。

 あなたは、あたしのブログに挨拶に来たこともないし、あたしはあなたのブログを知りません。Leiちゃんのブログでの数回のコメントしか知りません。
 
2.見も知らぬ付き合いもない相手からのhugを拒否することはいけないこと?

 街を歩いていて、見知らぬ通行人がhugを求めてきて、そけれを受け入れない事をもって「傷ついた」と言われると、あたしはどのような態度をとれば良かったのかしら?
 施設時代のように、「来る人拒まず、誰でもOK」と受け入れればいいのかしら。施設を出た後、断ることを知らず公衆便所と呼ばれていた頃に戻ればいいのかしら。

>まさにレイさんの書いている
>>冷たい文章、きりつけるような文章、誰も要らないという文章を読み、
>心温かくなる人はいない。でも、養護施設で育った一人の女の持つ世界観
>はこういうものなのだ。
>ですね。

 見知らぬ他人を受け入れないことをもって、こうおっしゃるのね。
 
3.施設の子は傷つかないの? 

>Mariaさんの文章を傷つきながら読んでました。何度も読んでやはり

 見知らぬ人が突然やってきて、あたしをhugしたいという。それも大人のあたしを。受け入れるのが当然という態度で。家庭の方は、すぐに傷ついたというけど、施設の子は傷つかないと思うのかしら?

4.礼儀と無愛着は別の話

>だから「里親」なんだな・・・と思いました。

 礼儀を知らない相手を受け入れないことと無愛着の話は、別のカテゴリでしょ? あなたの論旨だと、「誰でもOK」と受け入れる施設の子は里親家庭に行く必要はなく、頑なに誰をも受け入れない子だけが里親家庭となるの。
 でもね、「誰でもOK」という子もまた、心に誰もいないのよ。

5.里親なら誰でもいいわけではない

>確かに、同じ家庭育ちの子でも愛情いっぱいに育った子とそうではない子
>では、愛を受け取る器も違うし愛情を与えられる容量が違うと感じます。
>施設で育つと、そういう次元ではなく愛を知らないんですね。
>子供時代に「たった一人の大人からの愛情」が必要ですね。
>一人でも多くの方が里親に登録し、一人でも多くの子がそこにいけるよう
>になるといいですね。
>このブログがその種まきになってると思います。

 あたしたちは、里親にも「質」を求めています。突然あった子どもに感情移入し、その一方的な感情を受け入れないと、子どもの責任にし、施設に返すような里親であるならば、断固として拒否します。

6.挨拶から始めましょう

>まだまだ理解の足りない私で・・的の外れたコメントをしてしまい不快な思いをさせてしまってますね・・・。ごめんなさい。

 あなたとあたしは、まだ挨拶もしていません。あなたのブログも知りません。まずは挨拶から始めましょうね。

| Maria | 2008/02/19 02:54 | URL | ≫ EDIT

あの、それとこれとは・・・。

 あの、まさゆままさん、

まさにレイさんの書いている
>冷たい文章、きりつけるような文章、誰も要らないという文章を読み、心温かくなる人はいない。でも、養護施設で育った一人の女の持つ世界観はこういうものなのだ。
ですね。


>Mariaさんの文章を傷つきながら読んでました。何度も読んでやはりだから「里親」なんだな・・・と思いました。


 ちょちょっと・・・何かが、何かがオカシイと感じるんだけど、このコメント全体が・・・。

 ええと。

 これは『Leiの親記事にあるようにMariaも「無愛着」だから、あなたのご好意や善意や遠くから駆けつけんばかりのHugに対して、冷たい言葉で返したから、だから里親が必要』と結論付けたと受け取りましたが? これってMariaが無愛着の問題から発生したんですか、あなたは当然良い事をしてるのにわたし達が無愛着だから、あなたは傷ついたという解釈で良いんですか?

 実は、

 まさゆままさんの言葉で、わたしはずっと固まっている言葉がありました。せっかく好意を持って下さるあなたに悪いと思い、言えなかったんですが・・・

>私はいつも二人の(Mariaさん)ブログを読むと、切なくなり
>抱きしめに飛んで行きたい気持ちになるけど ごめんね、気持ち悪いよね


 わたしはただ固まりました。昔はこういう時「ありがとうございます!【笑顔いっぱい】」の反応が出来たのですが、今は少し固まるようになりました。固まっても良いんだという事も知りつつ・・・

 わたしもMariaも当然喜ばなくてはいけなかったのか?と再び混迷しかかりました。

 わたし達は見ず知らずの人たちに沢山の好意と善意に沢山の笑顔と歌と踊りと感謝状を返して来ました。施設の子だから当然でした。知らない人から抱きしめられても受け取らなくちゃいけないと思っていました。
 
 わたしもMariaもあなたに、大人のわたし達を抱きしめるのは、もう不可逆の領域なので無理だと申し上げたつもりです。

 この親記事の無愛着の問題をMariaのレスにあなたが感じる傷つき感を混ぜないで下さい。これは別の問題です。

 誰彼から善意と好意を受け続け、誰のものでも関係なく受け取らざるを得なかった施設育ちが、それではいけないと考えて書いたレスなので、他の記事も出来ましたら色々と読み、施設で育つ子ども達の事を思考して下さるとうれしく存じます。

 最後に

 施設から里親家庭へ措置された無愛着児の問題は無関心だけでなく、誰にもべたべたするという問題もあります。わたしがここで何でも受け取ったら、これは認知行動へ至りませんのでご理解下さい。  

 そして無理のない距離でどうぞお願いします。個人的にはこのブログに興味を持って下さり感謝しております。 

| Lei@ちょ、ちょっと | 2008/02/18 06:58 | URL | ≫ EDIT

Mariaさんへ

まさにレイさんの書いている
>冷たい文章、きりつけるような文章、誰も要らないという文章を読み、心温かくなる人はいない。でも、養護施設で育った一人の女の持つ世界観はこういうものなのだ。
ですね。

Mariaさんの文章を傷つきながら読んでました。何度も読んでやはり
だから「里親」なんだな・・・と思いました。



確かに、同じ家庭育ちの子でも愛情いっぱいに育った子とそうではない子では、愛を受け取る器も違うし愛情を与えられる容量が違うと感じます。
施設で育つと、そういう次元ではなく愛を知らないんですね。
子供時代に「たった一人の大人からの愛情」が必要ですね。

一人でも多くの方が里親に登録し、一人でも多くの子がそこにいけるようになるといいですね。
このブログがその種まきになってると思います。
まだまだ理解の足りない私で・・的の外れたコメントをしてしまい不快な思いをさせてしまってますね・・・。ごめんなさい。

これからも訪問させてもらいますね。
・・コメントは控えますね。



| まさゆまま | 2008/02/18 05:28 | URL |

どんな育ちをしても、結婚すればチャラになるというわけではないの

まさゆママさん、横からごめんなさいね。

>「誰か一人の大人に愛される経験値」は
>やはりご主人からだと思うけど・・・。

 この表現は、
子ども時代がどんなであっても、結婚すれば関係ないと言っているに等しいのよ。

 でもね、愛を知らない子どもは、愛を受け取る器が育っていないの。大人になってからでは、愛情を受け取ることは出来ないの。機能不全家庭に育った方がダメンズウォーカーになるように、施設で育った女子は、自覚しなければ愛情のない人を選ぶ事になるの。いえ、相手からも選ばれてしまう。

 子ども時代というものは、人間関係の基礎でもあるの。基礎もなく家を建てたとしても、その家は不安定なものになる。
 
 あたし達が「子どもを施設でなく里親家庭で育てて欲しい」と訴えているのは、「結婚すれば乳児院・養護施設で全部育っても関係ない」と思っていないからなの。
 
 取り返しがつかないのが、子ども時代なの。
 
>私はいつも二人の(Mariaさん)ブログを読むと、切なくなり
>抱きしめに飛んで行きたい気持ちになるけど ごめんね、気持ち悪いよね

 どこの誰だか判らない人の、好意を受け続けるのが施設の子なの。
見も知らぬ他人がやってきて、抱きしめて、いなくなるのは慣れているわ。
勝手に「慈善行為」をすれば?と思うわ。

 施設で育ちきってしまったら、もう遅いの。施設で育ちきったすれっからしのあたし達よりも、いま、乳児院・養護施設で育っている子どもの一人を、たった一人の大人として抱きしめて欲しいの。子ども時代なら、まだ間に合うのよ。それを出来る唯一の人が里親なの。

| Maria | 2008/02/18 00:52 | URL | ≫ EDIT

誤解させてすみません


 やはり言葉を端折ったのでわたしの文章の意図を誤解を与えるような表現で伝えてしまいました。

 まさゆままさん、

>>頑張らなくてもいいように、誰か一人の大人に愛される経験値を増やしていけるようにと、思っています。

>「誰か一人の大人に愛される経験値」は
やはりご主人からだと思うけど・・・。

 このやりとりに限定します。

 上記の「誰か一人の大人から愛される経験値」という表現を使ったのは、

 「一人の大人」という表現にもあるように「大人に対して相対的に子どもである立場の者」に限定しています。「男女の性的な愛」とは違う話として書いたつもりです。

 これは親が育てられない子どもの事を指しています。乳児院・養護施設で長期入所させるのではなく「結婚適齢の年齢の頃にはきちんと、結婚が家庭を作る事であるという意味を正しく捉える事ができるように、家庭という環境で固定された大人に大事にされる子ども時代を過ごしてほしい」という意味です。

 この結婚披露宴での話も夫が怒る事も必要でしょうが、本来ならわたしを育てた者が怒る方が筋が通ると思います。しかしそんな大人はわたしには居ませんでした。機能不全でない家庭で育てばこのような場に親が出てくるのですから、わたしのような施設育ち固有のエピソードは起こりません。

 一方、

 無愛着児童が大人になった後での経験値づくりについては、まず、結婚した家庭で一大プロジェクト化でもしないと難しいでしょう。しかし実際は意味の無い話です。無愛着な嫁がこう育った責任は、彼の一族には一切ありませんから。それにこれは大人同士の婚姻です、別れる自由はあります。全てわたし固有の問題を婚家に押し付けるつもりはありません。

 ですから、書く事にはそれなりの意図がある事をお伝えしておきます。育ちの説明を出来ない施設出身者の結婚のリスクについて、書いただけですので、どうぞ、重くなりすぎずにノーマルモードでお読みくださるとうれしいです。

 それでなくてもわたしの記事は要領を得ず、長文ですから。

 ありがとう、今日はどうやら温かい明け方です。

| L+@ さらに補足 | 2008/02/16 05:41 | URL | ≫ EDIT

田舎だから・・こうなってしまったのね・・。
(どうしても披露宴をしたい 親)
披露宴でのとんでもない挨拶というのは、よく聞く話です。
大勢の前での挨拶で緊張して、とか。
この挨拶もその部類に入るんだと思います。
悪意があったわけではなく。単に下手な挨拶。
(でも本当にひどいけど・・・)
だからご主人も、そこを怒るでもなく、笑って流し。
でも後でフォローはしてほしかったよね。


「誰か一人の大人に愛される経験値」は
やはりご主人からだと思うけど・・・。
レイさん・・・上手に甘えたり出来ないんだろうな・・・。
ご主人はこのブログのこと知ってるのかしら?
これを読んでくれたらレイさんのこともっと理解できると思うけど。

私はいつも二人の(Mariaさん)ブログを読むと、切なくなり
抱きしめに飛んで行きたい気持ちになるけど ごめんね、気持ち悪いよね でもそうなの。

支離滅裂になってきた。

レイさんのところは寒いのかしら?
風邪ひかなように、暖かくしてね。




| まさゆまま | 2008/02/15 18:39 | URL |


 まさゆままさん、いつもありがとうございます。

 結婚披露宴は施設育ちにとっての試練かも。
 なぜなら、自分の育ちの背景がそのまま反映されるから。
 わたしは隠す自由もなかった、赤裸々に公開された気分だ。

 夫の親が「人並みに披露宴をすべき」と主張したので、仲人夫婦に挨拶に行き、簡単に自己紹介をした。施設で育った事を語らなければ、私側の親族が一人も出席しない理由を説明できない。だから施設の話をした。

 それが、あのような形になった。

 わたしは普通の人としての形を整えようとするあまり、わたし側の親戚縁者一人も出ない披露宴をそれでも強行する、一般社会の人たちの考えを理解する事はできない。

 理解できないけれど、人並みの晴れの舞台を用意しないと狭い田舎では後ろ指を刺されるという話を聞いた。ばかみたいだけど真剣。その為、わたしの嫁の育ちの都合は後回しになっただけの話。
 
 この時わたしに里親家庭があれば、育ての親として出席したと思われるので、こんなややこしい事態に陥らなかったと感じている。

 #少し夫の親族と夫への恨み節っぽくなってやしないかと心配ですが、施設育ちが人並みに何かをする際の、いらぬストレスを持たされるという事を語りたかったので書きました。


それに、しっかり胸をはったり、頑張ったり ばかりでなくても全然いいと思う。
だらだらなまけるのもありだし。一日寝てる日があってもいい。

  
 まさゆままさん、養護施設全部育ちは頑張らないとならない現実があります。頑張らなくてもいいように、誰か一人の大人に愛される経験値を増やしていけるようにと、思っています。

 わたし達は施設出身者ですが、同時に大人でもあります。だから大人として踏ん張る必要も感じています。でも優しい言葉をありがとう。癒し方を勉強したいと思います。

 うぅ~ん、力いっぱい説明しちゃってごめんなさい(汗)適当に流して読んで下さいませね、わたしはどうもタッチタイピングがすべるんです。


| L @ ちょっと背景を説明 | 2008/02/15 07:21 | URL | ≫ EDIT

「Leiさんは養護施設で育ったそうです。『施設で育った私なんか生きていても仕方ない、私はだめな人間です』などと自らで自らを卑下せず、しっかりと胸をはって下さい」

こんなこと・・・。レイさんのブログに出会う前であってもこの言葉はひどいと思ったと思います。

レイさんのブログを読んでいていつも 気を張っているというかいつもすごく頑張ってる感じがしていたのはこういうことだったんだな・・と思いました。

Mariaさんの記事にあったように・・これからは人生を楽しむこともやっていってほしいです。
それに、しっかり胸をはったり、頑張ったり ばかりでなくても全然いいと思う。
だらだらなまけるのもありだし。一日寝てる日があってもいい。
頑張りすぎないで。・・・十分がんばってるよ。

| まさゆまま | 2008/02/15 02:37 | URL |














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