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万策尽きた:大人の自分は、施設時代に全てやり尽くしたと感じている

関連記事 : 塀の中のCAPは、子どもを救うの?

 NO拒否し、GO逃げ出し、TELL話した、訴えた、しかし結局は児童養護施設に戻される時に、何故か子どもの自分ではあるけれど「万策尽きた」と感じた。二度目の施設以降は記憶もない【笑】。

 CAPの活動の事で少し考え込んでしまった。これ以下の文章は、個人的な考えに留まるつもりだけど、さて児童養護施設の塀の中の子どもにその作用は及ぶのだろうか。

 今回、わたしもわたしで何に反応してしまったのか。

にげて


 たぶん、CAPの一連の理念を読んだ瞬間に、全てこんな事はとっくの昔に自力でやってきたという気持ちが沸き起こったからだろう。養護施設の子は大人との力の差では無力であるにも関わらず、無力だなんて言ってはいられなかった。

 Mariaの記事にもあるように、様々な養護施設から子ども達は逃げ出した。ただ、逃げ出しても拒否しても話しても、面倒に関わる事を避ける大人によって黙殺されただけ。

 今、CAPのプログラムの一環である理念は、わたしも他の施設の子も自力でやっていた。今もきっと自力でやっている子ども達がいるだろう。この瞬間も施設から逃げ出している子ども達が無外と言われて、養護施設へ連れ戻されている事だろう。

 家庭と違い、養護施設は保護先としてのイメージが強い。そのイメージの強さゆえ、施設の子の言葉の信憑性が疑われやすい。その為「もし自分なら養護施設以外の場所に救いの場所がなければ、とても安心できない」と感じている。施設へ戻される恐怖がある限り、子どもは地域を信頼できない。
 
 家庭虐待の子が家庭を恐ろしいと感じるように養護施設の子も施設を怖いと感じたとして、その施設の子を責められるだろうか。
 
 養護施設から逃げて逃げて、それでも施設へ【強制的に】保護される矛盾の中で、ほとほと万策尽きたと感じたあの気分を、他の子が・・・もっと小さい子たちが感じないですむようにと願ってやまない。

 CAPの活動をしている人にけんかを吹っかけたいわけじゃない【今のところ】。でも、これもひとつの考えとして発信記録を残しておきたい。たぶん逃げて良い事を知らない家庭虐待の子どもにとってのCAPは命綱になっていると思っている。又地域の中で生活している子ども達である家庭の子にとっては理解しやすいプログラムだと思う。

 しかし地域から隔絶された場所にいる児童養護施設の子ども達、自らの力で逃げ回り助けを求め続けている施設の子にとっての救いとは、どのようなものかを今後考えていければと思う。施設の子ども達は何もやらなかったわけじゃない、出来る事を全てがんばり、尚、それらが届かない事例が多いという事を抜きにして地域のコミュニティという考えは施設児童にとっては大変難しい。
 

|  養護施設にいる間の問題 | 08時47分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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