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「絆が無ければ始まらない」と言われた日から施設で育つ事を思考している

Soul Family・別館:誰も居ない事の問題

違い

 Wolfは、わたしと会う以前に、家庭で虐待を受け【記憶】を失ったKさんの整理作業に関わっていた。といっても専門家ではない彼なので、彼女の欠損していると思われる被虐待体験の整理に寄り添うという形だった。彼女は家庭の子なので彼に感情を吐き出してゆき、時には幼子(インナーチャイルド)の顔を彼に表し、やがて、整理していく中で自分の欠落した過去に何があったかを捉えるようになり、最終的には専門家(カウンセラー、精神科医)に繋がる事ができ、彼女は彼の元を卒業していった。

 わたしはその後、彼とメールでやり取りし過去の整理に付き合ってもらう事になった。

 でも彼がわたしに対してやろうとしている事はわたしの気持ちに沿うものではなかったし、心の中に子どもが住んでいないので、子どもの気持ちを彼に伝える事は出来なかった。何よりわたしには、人を信頼する過程を体験した事がないという基本的な問題もあった。彼に噛み付き、近寄らせまいとしていた。・・・わたしはインナーチャイルドのような存在を感じない。

 ほんとうに会うのも苦痛になりかけていた。わたしはKさんとは全く違う態度を取り、彼も苦しかったのではないかと思う。でもわたしは彼女のように傷ついてなくて、ただ、捨てられただけだと訴えていたんだと思う。

 そのような行き詰まり感の中【だと思う】彼は意外な事を言い出した。

「絆が無ければ始まらない」と。

誰も居ないない事とその「誰か」になろうとする事

 彼は、家庭育ちのKさんと施設育ちのわたしの明らかな違いを見る事ができたのだと思う。彼女に出来てわたしが出来ないこと、彼女に出来なくてわたしが出来ること、それらがよく見えたのだと思う。

 もうすでに忘れかけてる【苦笑】ので書いておこう。彼はKさんには有効だった方法がわたしには全く有効ではなかった事実を受けて、彼自身の問題も見えてきたと言っていた。

 彼との会話で、わたしもキズナ というものがない事は、虐待を受ける事とは又まったく別の問題を持っていると気付き、現在に至っている。

 このような整理作業も背景にあり、里親委託の話を書く為のモチベーションを支えている。

何故餌付け?

 もし彼が、わたしに対していつまでも「記憶のない被虐待児」という扱いを続けていれば、わたしはWolfとは数ヶ月もこの関係性を継続できなかっただろう。今のわたしはとても楽になった。彼にとても感謝している。

 彼が今やってる事は、

 「餌付け」

 ご飯をおごってくれる。わたしとMariaも少し払うけどとても足りない。ツケは膨れ上がる気分だけど、彼はわたし達に食わせようとする。わたしは主婦だしいつも家庭で食事を作っているのに・・・、全く彼は本当に不思議な発想をする。

具


キムチなべ


 でも食べさせてもらうのと、自分が主婦として一生懸命食事を作るのでは何か考える為のポイントが違う・・・。そう、積み残した宿題のうちの一つなのかも。

 最近は、食事を楽しめるようになってきた。今は食べる事は楽しみでもある。生きる為にガツガツと口に詰め込むのが食事じゃなく、とてもささやかでプライベートな繭に包まれて、安心して楽しむものだと知った。【プライベートと堂々と表現できる事自体、すごくすばらしい事じゃない?】

 #もし後に人生が厳しくなり、ガツガツと詰め込む時期が再びやってきたとしても「WolfとMariaとわたしのこの瞬間」は幸せな記憶として残りますようにと願うし努力したい。

|  養護施設にいる間の問題 | 13時46分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

餌付けなんていってしまった

 Maria、どうもありがとう。
 
 新しい記事に書いたんだけど、最近、モノの覚え方が変化したような気がするの。うまくいえないけど、言ってみる。

 「食事に行った」

 だけでは、単なる文字でしかない。

 「WolfやMariaと食事に行った」
 「彼らはわたしのソウルメイトだ」
 
 となると、とても自分に関係する話に思えて忘れにくい。

 ということは、

 自分固有のエピソードとして記憶し始めると、現実との乖離もなく、長期の記憶に結びつくんじゃないかと思う。わたしは今まで、どうやって生きてきたのかよく分からない。

 Wolfさんとは十年交流して、覚え始めたのは、ここ半年~一年くらいだから、

 たとえば、家庭に引き取られた施設育ちの里子が、親を認識し、尚且つ自分と関連付けるには、その子が施設ではなく、家庭で育てられているという現実を重ね続けるしかない

 なんて、思ったよ。

 長文になってしまったけど、考え始めたら止まらなくて・・・。それに、食事は人間関係の基本というのが、わたしの中でも現実味を帯びてきた。

 Maria、これから固有の思い出を作っていこうね。 



 

| L@Mariaへ | 2008/02/27 06:57 | URL | ≫ EDIT

「餌付け」っちゃ身も蓋もないけど…

Leiちゃん、

「食」って、人間関係の基本だと思うわ。
一緒にプライベートな食事をする相手というのは、とても大切な相手だと思うの。

一緒に食事し、軽くお酒を楽しみ、おしゃべりを楽しむ。
若い(自己申告)レディ二人とひとときを過ごすのだから、ま、Wolfさんもまんざらではないと思うのよ。

 施設では、食事の時間は沈黙の時間。ただ、黙々と食物を口に運んでいた。まさに、給餌の時間だったわ。
 料理の名前も判らず、素材が何であるかも知らず、ただ、出されてものを黙って食べる。豚肉と牛肉の違いも知らず、魚の名前も判らない。焼き魚・煮魚くらいしか判らない。

 いまでは、お店の人に食材についての質問をしたり、おすすめの料理のうんちくを聞いたり、「食」の幅が広がっている。

 人って、おいしいものを食べると幸せな気分になり、その幸せな気分を共有できる相手とは親密になっていくのね。

 板前さんは、非番の時にいろんなお店を食べ歩くんですって。いろんな味を知ることで、料理の幅が広がるんですって。
 あたしも、いろんなおいしいものを食べるようになって、料理の腕が上がったの。おいしい料理を食べると、自分でも作ってみたいと思うもの。

 「食べることを大切にすることは、生きることを大切にすること」というWolfさんの口癖は、このごろ、とても判るわ。
 これからも、いっぱいおいしいものを食べようね。

| Maria | 2008/02/26 20:00 | URL | ≫ EDIT














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