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施設生活において、ある意味都合の良い「誰からも相手にされない子」の意味を読み解く

児童養護施設にいる間の問題

 レッテルの効用

 変だよ全く。

 宗教的に「一人で生きる事に意味づけ」するかと思えば、今度は施設の集団養護論的に「誰からも相手にされない子の問題」を定義しようとする施設生活。

 全く正反対の問題提起と定義が同時進行しているし、人間が多すぎるゆえに、様々な自己解釈をする職員により、子どもたちも思考がうまく作れない状況。
 
 集団生活だからこそ「誰からも相手にされない子」なんてキーワードが生まれる。学校でもクラス全員からシカトされた子が不登校になる話はよく聞く。それほど一人の子どもにとって誰からも相手にされない子という言葉の持つ意味が、集団に席を置かねばならないひとりの児童にとっては重大な問題なのだと思う。だから集団は集団でできる最大限の効力を持つ精神的な攻撃を、気に入らないたった一人の児童に加える。ギャラリーも同じ。

 ただ、学校でのイジメには「誰からも相手にされない」という表現は頻繁には出て来ない。いつも対象が「クラスの子たちから無視されてる」「クラスメートから相手にされてない」というような表現が多いと感じる。

 それでは児童養護施設において、そのレッテルは他にどのような意味を持つのだろう。と考えている。わたしはイメージングする。児童養護施設にありがちなキーワードを読むと、瞬時の条件反射をしてしまうところがある。  

 「誰からも相手にされないわたしが、誰かから被害を受ける筈ない、そんな事を考える事じたい、ずうずうしいんじゃない?自分を何か特別とでも思ってるのか?」

 という自動メッセージが心に着信される。施設の子は、孤独に虐待を受ける場合と、集団の子ども達が職員から虐待を受ける場合とがある。その違いは施設の違いともなっている。

 養護施設だからこそ「誰からも相手に~」という言葉が生成されて、その意味と効果が図られる。その為に、一人の子どもに対するレッテルは最大限活用されているように思える。そして一人の子だけじゃなく、複数の施設児童たちも、常に職員によりレッテルを貼られている。【これもまた思い込みか気のせいか?】

 養護施設でもやはり誰からも相手にされない子や、職員の付けた子ども達に対するレッテルによる施設児童というキーワードはその子たちの日常生活を縛る。一度その烙印を押されたら、自力で自分のレッテルをはがす事はまず不可能だ。養護施設という世界では子どものむき出しの精神が悪意と怒りというもっとも判りやすい形で現れるのも、出口を求めているからに他ならない。

 巧妙だと思う、確かに。

 「私は児童心理学を修めた」とわざわざ言う職員。今なら噴飯モノだけど、当時は意味が判らなかった。今は思う。今ならその人の出た大学は福祉系ではないので、たしかにわざわざ言う必要もあったのかもしれないが、仮にも児童養護施設職員ならば、単位を修めた事くらいで威張るな。【実はまだ彼がこれを言った動機が見えず・・・】

 子どもの意識を誘導したり、利用したりする為の履修でないのなら、呪術的な言葉をやめるべきだ。職員は子ども達の数万倍も上手だから、あらゆるキーワードを生活の中に撒き散らす。

 施設の与えた定義を壊したい

 「べき論」言ってみる。

 子ども達は現実を知る権利があるし、子どもたちは現実を知った上で、正しい理念に基づいた選択肢を与えられるべきだし、それが子どもの人権なら、その子どもは他の人の人権に関しても正しく把握できるようになる。

 わたしは、この国の言葉の一つ一つが気になって仕方ないから、どうしても語る。きりがないよ、施設内ワールドで必死に考えても答えが出ない。そういうしくみになっている。
 

|  養護施設にいる間の問題 | 11時38分 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

自己反省する子ども達

 あたし達がやった、規則破りについて、あたし達はみんなで真剣に話し合いました。あたし達の一人が、集合時間に三分遅れ、先生方をはじめ、他の子ども達に多大な迷惑を掛けた事は大変な問題です。わたし達は、部屋全体の責任として、自分達に反省を促し、先生達や子ども達に謝罪する為、自分達に罰を与える事にしました。

 あたし達は反省を示す為に夜通しコンクリートの間で正座する事に決めました。

 小学校一年から中3女子まで部屋の8人全員で反省します。

 という、シーンが何故か浮かんで仕方ない。職員は「おいおい、そこまでしなくても」といいながらも「そうか、自分達で決めた事だからしっかりやれよ」とうれしさを隠し切れないようにうなづいた。

 あたし達の部屋は、施設で一番反省する部屋だった。

 他の部屋の子は、反省した時は「こんなの反省にならない」と、先生につき返されて「何処まで反省していいのか」判らず、二時間でも三時間でも反省会議をしていた。

 あたしは、施設が長いから、反省の量刑は何となくわかってる。その量刑に達するまで職員のダメ出しが出るのも判ってる。

 だから無駄な議論はしないで相当する量刑をさっさと決め職員に持ってった。

 Lei 代筆

| Maria@昼休みよ | 2008/03/10 13:05 | URL | ≫ EDIT














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