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私怨:今のわたしでは他人に寄り添う事はできない

養護施設を出てからの問題

 脳の整理

 わたしが整理している事柄が、生まれつきの社会的弱者の立場だったので、その生まれつきの状況に関連した心の作られ方をしてきたので、今のわたしでは他人に寄り添う事はできない。わたしの心を覗くと、随分社会に対する未整理のものが渦巻いている。

 社交辞令を知らない頃の世間の子ども達のイジメを通して、社会の大人の本音を知った。親が育てられない子ども達に対して何を思っているのかを、世間の大人は、表現をオブラートに包まない子どもの口を使って、施設の子にぶつけているように感じていた。まあ世の中そういうものだと思った。

 ところがいざブログを開くとやたら善意の人が増えたので、その妙な変化を受け入れられない。

 児童養護施設の子に分け隔てなく寄り添おうとしたり、受け入れたりする人がいると、わたしの脳は混乱する。社会の本音について、その人がどのような整理をしてきたのか見えない限り、わたしの脳は混乱したままだ。そしてその支援や善意や寄り添う気持ちにこたえられない。勝手にやれば良いとは思うけど・・・。

 わたしにとっての活動の位置づけ

 さて一方わたしはどうかというと、養護施設の子ども達の問題についてWebと一部の活動についてのみ応援している。何故かというとわたしは、他の人の問題に全面的に寄り添える程の器ではないからだ。できる事にのみ限定している。何しろ明日離婚すればどうなるか判らない主婦だし。自分自身、養護施設というブラックボックスをどう処理していいか判らないのだ。

 そして活動のその動機としては、わたしには児童養護施設全部育ちの私怨があるから。その流れとして里親さんを勝手に応援している。そして常に勝手に応援している自分の気持ちをリサーチしている。お互いに厳しいソウルメイトとも絶えず、わたしの未整理な意識を問われる会話が続く。

 関連のわからない支援

 でもそれ以外の【養護施設の問題以外の】活動については、全く自分との接点を感じられないので少しも興味を持てない。わたしが興味を持ち、自分で何かしたいと思うのは全て児童養護施設の問題に関連する事ばかりだ。

 だから、全く自分の事と関連のない社会的弱者に対して支援の気持ちを持てる人について、とても
驚いているし、その人の動機を深く掘り下げたくなるが、そのような会話を好まない風潮もあるので、結局相手の善意の心を信じるしかない。

 その人たちが何故、自分と関連のない世界の問題に寄り添おうとするのか知りたがる事が、そもそも不遜であるかのようで、時々ビシビシ背中にトゲを感じる。社会を生き易くする為に支援者を自らが選ぶ事、もっともっと世間に当たり前になればいいのに。と思う。
 
 

|  養護施設を出てからの問題 | 08時20分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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