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Missing:取り返しの付かない思いを持った加害体験

 自分を誤魔化そうとする【無】意識

 わたしの記憶の断片に、下級生の女子を屋上に呼び出してタイマンと称して殴りつけた記憶があった。この体験を記憶していたけれど、自分の過去を体験記としてアウトプットする為に整理するまでは、この体験を加害体験として位置づけられなかった。単なる施設時代の記憶の一つでしかなかった。
 
 しかし、一つ目の施設でのしつけを受けた体験を書くようになり、急に二度目の施設で自分が下級生にやってしまった事が気にかかるようになった。そして、今までよくある施設の風景だった自分の行動が、実は無自覚な加害へ至りやすいという事が理解できるようになってきた。

 その事実に思い当たり、自分なりにはショックを受けたが同時に何とか乗り越えなくちゃいけないと思った。でも自分の記憶として残る下級生への加害を、きちんとアウトプット【文章化】しなくちゃと思いながらも、彼女を殴りつけた時に、何故か気持ちがおかしくなっていた事の整理ができなかった。怒りを持たない筈の自分なのに、怒りを持ってしまったあの瞬間を理解できなかった。

 その上「こんなの施設ではよくある事だから大した事じゃないも思っていた。整理する気持ちを上回る抵抗感があった、・・・自分だって厳しい中を生き抜いてきたのだという気持ちがあった。

 忘却と謝罪と

 数ヵ月後わたしは彼女に会い、この出来事を話した。ひとこと謝罪しようと思ったのだ。

 ところが彼女はこの出来事をすっかり忘れていた。彼女が言うのは「養護施設では誰がいつ殴ったかいちいち覚えていられないほど暴力が当たり前だった」らしい。それを暴力とすら呼ばなかった。

 なので、わたしがもし謝罪するなら施設時代にすべきだった事にも気付かされた。そして大人の自分が謝罪する事も一方的な押し付けである事を知った上で謝罪を行いたいと思い謝った。でもこの時、相手が忘れている内容について、覚えているこちらが急に謝る事も時には慎重に【謝らないというのではなく、取り扱い、伝え方を注意する】する必要がある事を知った。何しろ相手の傷をこじ開ける事にも繋がるのだから・・・。

 彼女からのリアクションについては実は覚えていない。

 加害の力の誇示と被害の無力感と

 施設時代は暴力という言葉が定着せず、当然ながら暴力の定義もされずにいた。誰かが起こした暴力的な行動はそれぞれに重いというのに、実際の扱いはとても軽くて大した意味もなくスルーされていた。さらに、それを「教育的指導」とか「可愛がってやる【相撲の世界に似てる】」とか、暴力について別の表現をしていたので、今でも何が暴力で何がそうでないか、表現に迷うところがある。これも後遺症といえば後遺症だと思う。

 わたしには自分に加害性がありながら自覚できていなかった。いつもは自己との戦いについて語っているのに、実際は自己の内面と戦っても戦いきれない時があった事は、自分を自分で裏切るような事でもありかなり堪えた。

 他の人が被害について語っている間にわたしは、養護施設という世界を加害的立場から書かねばと思うようになった。でもそれは本当は、自分には加害の記憶はあるものの被害の記憶を持たないので、それを連鎖と位置づけていいのかさえ迷う状況だったので、加害を語るのは比較的楽だったという事でもあった。

 わたしの加害体験は見えない何かを出所としているので、連鎖なのか、自分のもともとの性質なのか判断できない。しかしMissing Linkには触れずに、語れる部分だけでも語ろうと思った。少なくとも覚えている事柄については・・・。

 何故なら今、あるHPのコンテンツを製作中なのだけど、暴力や虐待に伴う内容を扱っているので、自分の中にある暴力性について、先に少し整理して【整理できない部分の洗い出し含】おきたいと感じたから。

 ★未整理だけど暴力について思うところを書きました。

|  養護施設にいる間の問題 | 02時56分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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