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「家庭の子になれなかった施設の子」が成長後に選ぶそれぞれの道2

養護施設を出てからの問題

  前の記事 その1

施設職員や保母の道を選ぶ元児童

 結婚後、様々な理由により【面倒なので省く】過去の整理が必要になり、ネットの力を借りる事になるまで、わたしの至上命題は『誰もいないけど力強くたくましく偏見に負けずに生きる方法』だけだった。

 保母になろうとした卒園生が1人いた。しかし彼女は子育てをしているうちに保母になる勉強をぱったりやめてしまった。その事をかつての担当保母が残念がっていた。

 子育てをするようになり、自分がどんな場所で育ってきたのか嫌というほど理解した結果、施設保母への道を進めなくなったのだと思う。

 しかし男子の場合は直接子育てをするわけではない。施設を出て施設職員になれば、たとえ結婚し子どもが生まれても奥さんに子どもを任せ、自分は施設の世界観に引きこもったまま生きていける。

 外の概念は施設育ちの育ち自体否定する事になる。施設で育った過去しかないのに、そのなけなしの過去を否定するような社会の概念は、施設で育った子ども時代の否定に繋がるのだ。

 当然そんな事を言われたらカチンと来るだろう、図星だと思うから。
 
 施設で全部育った人間だって自分の育ちを否定する事は辛い。この世界から施設が消えれば自分が否定された事になる。もしそうでないのなら『親が育てられない子どもは原則里親家庭へ』という趣旨に賛同し、積極的に施設から里親家庭へ出そうとする職員になるだろう。施設存続の為のポーズじゃなく本気で。

里親応援を選ぶ元児童

 『瞳』を見る事で何かからイジメられているような気分になる理由は、あのドラマを見る事は自分の育ちの全否定に繋がるからだと、上の文章を書いていて判った。

 どういう風な親になったら良いか悩む瞳に、元里子の女の子が

 「普通の親が普通にやる事をしてあげて」と言った。
 
 もし施設育ちのわたしが瞳の立場に立たされたら、そんなアドバイスを受けたらどうするのだろうか?と頭が真っ白になった。

 「普通の親」「普通にやること」

 ・・・その前に「普通」とはの定義から・・・。

 そんな事で悩んでいたら子どもの育ちのスピードに取り残される。

 あのドラマは瞳が家庭で育った子だからこそ、親としてのスタート地点の位置が施設育ちよりももっと高い場所にあるという事も感じた。

 何年も何年も文章化して、家庭とは何ぞや?と定義している施設全部育ちのわたしの机上の空論になりかねない一つ一つを、彼女は実践的にこなすスキルをすでに持っている。後はそれをどのように生かすかが課題なんだと感じた。

 ほんのワンシーン視聴するだけでこんな騒ぎだけど、こうやって整理していてますます【しつこい】親が育てられない子どもを里親家庭へと思った。

 親が普通にやる事がわからない子どもは里親家庭で育てられる事が必要で、職員から育てられる事が必要なのではないと判ってきたし、いくら改善された施設でも普通の家庭にはなりえないと重ねて言う。

 施設時代の子どもの頃、誰にも誰もいない事で子ども達は暗黙の力の均衡を保っていた。誰からも愛された事のない子ども達は、ほかの子も誰からも愛されていない事が当たり前だった。

 しかし、ドラマを見て本当は子どもはもっとエネルギーを別のところへ使う必要があると知った。もっと自分自身の事で悩み、自分自身の事に力を注いでいい環境を手にしてほしいと思った。

 たった一度の子ども時代を、愛情飢餓の泥沼で互いにけん制する事に力を注ぎ、施設を出たら空っぽだったというような、子ども時代という一つしかない時間的資産を無駄遣いして欲しくないと思った。

 よって、これからも

 里親家庭へ子どもが行く事はその子どもにとって最上の利益に繋がる道だと発信する。
 

|  養護施設を出てからの問題 | 05時26分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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