PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

メモ:「つい感じる事」を本音と思い込んでいる可能性について考え中

メンタル整理

 とりあえず

 前回の自分の記事を読み、わたしにとっての本音とは何だろう?とつまづいた。

感覚と本音



だから今、わたしは自分の本音だけに注目して書いている。思考を抑制しすぎて施設後も施設の概念下で行動している自分なので、ならばとことん自分の気持ちを考えてみようという事で書き始めた


と自己主張している一方で



でも、わたしの本音は、周囲の人に隠し事をしている気分になり後ろめたくなる。洗いざらい周辺の人へわたしに関する情報を教えなきゃいけないと感じやすい。



 と、感覚的な気持ちを書いている。

 わたしは、もしかしたら、なり易い感覚を本音と間違えてるかもしれない
 わたしは発信している時、自己主張のつもりだと思っている。

 「つい思ってしまう事」とは別に、頭で考えた結果導き出した答えを、自分の感覚には沿わなくても、社会で家庭の中で生きていく上で必要な事と捉え、発信という形の自己主張をしている。

 その前に私怨がある。全ての子ども時代を養護施設で育ちたくはなかったし、今、愛着の問題を持っている事が、わたしにとっては大変わずらわしく、余計なエネルギーを使っているから。人生は短いのに家族というものを得られたのに、里親不調ならぬ、結婚不調になっているから。

 家庭育ちの夫もわたしの考えが理解できないと言うので、わたしは彼に自分の考えを説明する為に、自分の本音【つい感じること】に着目する必要があるから。

 そしてつい感じる事は、そう感じる事を要求され続けた結果なのかもしれない。

 たとえば、わたしがつい感じる

 「周囲の人に隠し事をしている気分になり後ろめたくなる」

 事について、

 夫は「自分の家族のプライバシーを守るのは当然だ」
   「家庭の人はそこまで自分の情報公開を求められた事がない」 


という感じ方を持っている。

 わたしも夫も全く違う物事の捉え方をするのは、どう考えてもそれぞれの養育環境で獲得した感覚ではないかと思う。おそらくわたしの感じ方を家庭で進めてしまったら夫は自分自身を守れなくなると知った。

 わたしは夫が秘密主義なのではなく、わたしが晒しがちなのだと理解しようと思う。でもそれが単なる晒しにならないように、きちんと自分の情報をコントロールしながら発信する事は大事な事だと思う。養護施設の集団生活を語る時、自分にとって、本音の捉え方というものを、どういう位置づけとして考えているのか、意識していけたらと思う。

| ├ メンタル整理 | 00時13分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/596-06c3df65

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。