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自己:物心に関する勘違いに気付いてから一晩たった

養護施設にいる間の問題

 アイデンティティが育たなかった

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 Mariaに念のため、物心はいつごろついた?と訊いてみたら

 「2才」との事だった。彼女も養護施設で物心ついたのだ。

 わたしは家庭にいた筈の2才や3才で物心つけなかった為、記憶も保持できず、そのまま7才で施設にいる間に物心付いたという勘違いを犯していた事を、言い訳もできない気分でいる。

 現実的に考えれば施設全部育ちとすらいえなくなってしまう事にも気付き、少しばかりショックを覚えている。自分の感覚は家庭にいた事がないという感覚なのに、実際は長いこと家にいたという現実に驚いている。

 今まで家庭育ちの方々の「家庭に居ながら家庭でなかったという意見」を取り合うつもりもなかったが、家庭に居ながら家庭に居なかったという点で、わたしも似ている状況なのだろうか。【わからん】それともこれは、全く違う問題なのだろうか。

 ただ、もうこうなったらこの状態で書き続けるしかない。厳密に考えると養護施設よりも家庭の問題を抱えていたかもしれないが、抱えていた事も知らなかった。養護施設に居た頃から「生物学的親に何の思いも抱いた事はなかった」それは自分の正しい感覚だが、客観性を持って自分の置かれた状況を眺めるなら、自分の問題は施設全部育ちだけの問題とは言い切れなかったようだ。

 今頃気付いたの?

 「今頃気付いたの?俺、ずっと指摘してたよ」と夫。

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 彼から見れば、時系列が見えるので、わたしの感覚とは別に冷静に状況を把握していたらしい。彼は施設の問題というよりも家庭の問題をわたしは抱えていると言っていた。実親にも面会した事がある。

 物心と記憶の始まりを誤解してしまった事はわたしの責任とは言い切れないにしても、大人になってからきちんと時系列順に考えるべきだったと思っている。

 ここ最近の親記事は、今まで考えた事がない事を考えているので何を言っているか自分でも把握しきれないが、言葉として残しておこうと思う。乳児院にいなかったというキーワードをきっかけに、どんどん考え始めた結果、今の答えにたどり着いた。

 わたしは施設で全部育った怒りの持って行き場を無くしてしまったら、何が残るだろうか。これからも同じスタンスを持ちたい。それは変わらない。親が育てられない子どもたちは里親家庭へ行ってほしい。自分も許されるなら里親家庭へ行きたかったはずだ。

 後はもう一度自分の過去探しをしてみようと思う。遠い施設へ行こうと思う。自分の固有の問題を考えるのはそれから後だ。

 ただ・・・育った記憶のない家庭の何が問題なの?施設の記憶の断片の方がまだ残ってるからマシとか、そういう話なの?

|  養護施設にいる間の問題 | 07時03分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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