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難題:「里親家庭へ迎えられる一部の子ども達」に関する自己整理

養護施設にいる間の問題

自己関連記事 地域格差:「実親が居ても里親との接点を得る子ども達」の希少さ


 里子になれない者についての誤解

 「君も○○ちゃんくらい【その子は実親がいるのに里親家庭へ何度か行けた】可愛げがあれば、引き取ろうとする人もいたのにね」と夫からよく言われた。

 当時は確かに可愛げない自分を自覚していたので彼から言われて首をすくめるばかり。『まあ、自分はこんなだから里親家庭に引き取られる筈もない・・・』と内面で思い、彼には笑って誤魔化していた・・・。でも何か釈然としない思いが種火のように残っていた。

  軽い気持ちで言った夫の言葉はあの時の保母の言葉を想起させた。

 えと・・・あの時というのは二度目の施設で赤毛のアンを読んだ影響で「わたしも誰かの養女になれるかしら?」と言ってみたら 「よしてよ、あんたみたいな変な子を引き取る人はいないよ」という返事を返され、確かこの時も照れ笑いして会話は終わった。【保母の言葉は忘れたが意味は合ってる】

 ・・・夫との何気ない会話・・・あれから10年。

 でも今はその会話自体、誤解に基づくものから発生しているのだと知った。施設出身者ながらに里親制度を応援しているわたしは、この誤解の話を自戒の為に書いておく必要を感じた。

 夫が引き合いに出したその子については、実親がいるのに里親家庭へ幾度か行っているのを知り、冒頭のような発言になっているらしい事を含めると、色々と考えが止まらなくなった・・・。
 
 ・・・わたしはもう「里子の選別は可愛らしい子や才能のある子、人懐っこい子が選ばれる」という誤解の中で生きていたくないと感じるようになった。だから里子選別に関する一般の人々の持ちやすい誤解についても記事として残しておきたい。

 実際にリアル世界で幾人かの里親さんなどとも接点を持つようになり、大勢の施設の子たちの中から「この子がいい!」とペットショップで子犬を選ぶよう事はしていないと知った。

 行政の里親家庭の里子委託のきちんとしたプログラムがあり、里子委託は、条件の提示などはあるにしても、大人の趣味趣向が反映されるものではない。

 わたしは、夫などのような世間一般の人【夫は本当に何も知らない世間の人なのでリトマス試験紙のよう】が、里子として里親家庭へ迎えられる事が「施設へ捨てられた子ども達の努力の結果であるかのような誤解」が漠然と漂っているのではないかと感じるようになった。

 里親家庭へ行った子と行けなかった子

 子どもが努力すれば里親家庭へ行ける、子どもの容姿や性別や才能により里親家庭へ行ける、という誤解が漠然と漂う世間で、実際に里子に迎えられた子は自分が里親家庭へ迎えられた事実を、里親からどのように伝え聞いているのかという疑問とも相まって、わたしの何かを強く刺激している。

 1人の子どもの捨てられた事実をリベンジできるチャンスがあるとしたら里親家庭へ迎えられる事だと思っていた。養護施設は施設だ。行く先のない子ども達がプールされている場所だ。そこを足抜け【表現が悪い?】して、里親家庭へ迎えられる事は、施設へ捨てられた子ども達にとってあまりに果てない夢であり、遠すぎる夢だ。
 
 里子や養子として一つの家庭へ迎えられる事は、優劣に基づく選別による結果なのか?

 選民意識にも近い感覚を持つ里子や養子とリアルで出会った事はあるが【わたしのココロに余裕がなく、そう思えた?】 それなら、施設で誰にも出会わず施設だけで生き延びた子ども達が里親家庭へいけなかった事は、子ども側の問題なのか?・・・わたしはこのような感覚のズレについても整理していきたい。

 今は里親家庭へ行けなかった子が、行けなかった事をもって他人から責められるような事があってはいけないと思う。又行けた子が行けた理由を優劣で捉えてほしくはないとも同時に思った。これはわたしが個人的に夫と会話した事で感じた事なので、整理の為に書いておく。いつかきちんと彼には、整理してこの気持ちを語ろうと思う。

|  養護施設にいる間の問題 | 09時06分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

フォローコメント感謝します

 
 sidoさん、こちらこそいつもありがとうございます。この記事を書くのは少し難しかったように思います。まだ自分が整理しきれていない為でもあります。

 sidoさんをはじめとする里親さんを批判するものではけしてありませんが、後で読み返してみると、何かすっきりしない語りになっていて、不快な思いをさせていないかと少し、考えてしまいました。

 でもこうしてsidoさんが、里子委託について遅れている事や、格差がある事について、実はその子についている児童福祉司の意識に委ねられているという事、児童福祉司が問題意識を持っていても、地方の児童相談所の長などが施設長などと繋がる事で、子どもの頭数を確保する事へいきやすいという事が理解できました。

 わたしは施設で全部育ち、卒園していく時、誰からも選ばれなかった、誰も迎えに来なかったという事実をも背負って生きてゆかねばならない子どもを増やしたくありません。

 今、乳児院にいる子ども達が、これから先、新しい考えの元で里親委託優先で措置される事を願ってやみません。

 そして願うだけでなく、もちろんMariaと共に出来る事をさせていただきたいと思います。どうぞこれからもよろしくアドバイスなどをおねがいします。特に記事などでおかしいところがあれば、ご指摘願います。わたしでは判らない部分を書いて下さる事で、親記事も救われるような気がします。
 
 本当に、驚きましたがコメントをありがとうございました。お忙しいおり、お大事になさって下さい。

| Lei@こんにちはsidoさん | 2008/06/04 17:56 | URL | ≫ EDIT

こんにちは。いつもお2人にはお世話になっています。多忙さにかまけて放ったらかしにしているサイトを、適宜メンテナンスして下さってありがとうございます。

 さて。

 どの子どもが里親家庭に行くかについては、その子どもを担当している児童福祉司の質のよって決まると言っても過言ではありません。里親養育に無関心、又は、家庭で育つ事の意味を考えない不勉強な児童福祉司は、子どもを乳児院・児童養護施設に入れてケースファイルを閉じます。
 
 次に開くのは、措置解除の時でしょう。

 このような児童福祉司にあたった子どもは残念ながら、それ以降の子ども時代を全て児童養護施設で過ごす事になります。中には、里親養育に関心を持ち、積極的に推進する児童福祉司もいます。そのような方が担当になれば、定期的にケースを見直し、里親委託を考えてくれるでしょう。

 ただ地方では、乳児院・養護施設が定員割れをしているところがあり、Mariaさんの記事にもあったように、施設の経営の為に子どもを施設に回すように上司が判断するでしょう。

 地方の児童養護施設の長は、その地方の児童福祉の重鎮として発言力もあり、児相の木っ端役人の熱意など軽く吹き飛ばされるでしょう。施設長が施設の経営の為に児童相談所長に挨拶に行き「子どもを回して貰う様にお願いして回るという話を幾度か耳にしています」都市部でもこのような話を耳にするのですから、地方ではもっと露骨に行われているでしょう。

 厚生労働省は、実親が面会に来ないとか、親の所在が不明である子どもを里親委託に適した児童として児相に申し出するように通達を出していますが、その通達の存在すら知らない職員が大半ですし、施設長が握りつぶすのは想像に難くありません。

 結局、過去から現在まで里親家庭へ行けてる子どもは、ほんとうに運の良い子どもなのです。児童福祉司の質や運による里親委託ではなく、乳児院なら三ヶ月、養護施設なら1年、親が面会に現れない子どもはすべて里親委託を検討するという、機械的な規則を設けない限り、子ども達はいつまで経っても里親家庭へ行けないでしょう。

 sidoは昨年の社会的養護専門委員会に、在所年限を定めるように意見書を出しました。残念ながら時期尚早だったようですが、あきらめにず働きかけていこうと思います。

 ちなみにアメリカでは、一年間で家庭復帰できない子は親権剥奪され、次の家庭に行くことが法律で定められています。日本でもきちんと法制化したいです。あの施設内虐待の防止が法律で明文化されたように・・・。

 がんばりましょう。

| sido | 2008/06/04 12:54 | URL | ≫ EDIT














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