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不定期レビュー:瞳第11週「じいちゃんのいない夏休み」

不定期ドラマレビュー


 里親家庭の「愛着障害」・・・。

 無愛着女のわたしが言う話か?と思わぬでもないけど、愛着障害の親子の話がわたしの頭の混乱の元だと感じた。

 機能不全家庭出身の里子を育てる大人自身が愛着の問題を抱えたままでは、子ども達の前で「反発ばかりする子【百子】」を見せてしまうのだなと思った。

 娘の百子と父親の勝太郎の確執は、実はその底に信頼があるからこそのものという流れにしたいのかもしれないと感じつつ、でもそれは、家庭から捨てられて施設へ入れられた里子たちには理解が難しいと感じた。

 「底流にはお互いの信頼があるから親子喧嘩ができる」という製作者側の意図を感じるものの、でももし自分が里子なら・・・里子の立場からこのドラマを見るのは心理的に混乱をきたす。

 里子たちが機能不全家庭~施設経由からの委託の子たちなら、恐らく親どうしの喧嘩を見て傷ついているし、整理できないものを抱えているのに、里親家庭で、その家庭の親子の未整理な愛着障害につきあわされるのは正直キツイ。

 難しい親子を里子たちの前で晒し続ける・・・「それも現実の家庭だよ」と捨てられた傷を持つ子ども達に伝える話なのだろうか?捨てられた子ども達にスタンダードは必要ないのだろうか。子ども達は愛着の何たるかを知らずに生きてきてしまったのに、この家庭の持つ課題はとても難しい。

 やはり、親子のモデルとしてのそのスタンダードが愛着障害により、素直になれない娘と父親像としてスリコミさせられるのは怖い、不安。特殊な家族愛は里子たちの、それぞれの過去の整理に影響を与えると感じた。
 
 学びの場としての里親家庭

 家庭の人にとって家庭は選べないし理不尽なものだと思う。それはおそらく生まれてしまったその家庭ごとの課題だと思う。でも行政の手が入り、保護を必要とする子ども達が機能不全家庭から保護された意味を理解してほしい。機能不全家庭・養護施設全部育ちの脱却の為に、施設では学べない家庭・家族を学んでほしいと望む。

 里親家庭なら何でもいいと思わない、わたしは施設にも生物学的親にも求める事ができなかった良質を里親家庭へ求めてしまう・・・。

 施設だから許されない我侭も、仮にも親と名乗ってくれる人へは心のどこかで宛ても無く期待する。自分だけの家庭、自分だけの場所、自分だけの人に恐れがある状態の里子たちが、居て当たり前の自分だけの養育者と思えるには、大人側の覚悟が必要だと思う・・・。

 ただ里親になればいいんじゃないと思う・・・。わたしを教え諭し導く大人から学び、いつかわたしもスタンスをきちんと持てる人になれればと思った・・・。

 せっかく出会いのチャンスがあったのなら出会ってほしいけれど、子どもが問題行動だらけの大人のフォローを必要とする状況は、里子には難しいと思う。ダメな大人たちを徹底的に見せ続けられた彼らは、愛着障害の大人をフォローする事はできない。もしわたしが里子なら、そんな大人の態度に迷い続けるだろう。

 という事で複雑な気分でドラマを見てしまう最近なのだった。

| 不定期レビュー | 11時23分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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