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妊娠を考える:「自分の面倒も見られない人が子どもを生むこと」について

養護施設にいる間の問題

知的障害者が子どもを生むこと

 ★わたしは個人的にこの問題【障害者のこと】について考えざるを得ない状況にありますのでこのような記事を書いておりますが、不快な方がおられましたら表現を考えますのでご指摘下さい。

生物学的親のもう一つの診断

 さて

 知的障害者妊娠について考えている事がある。

 ・・・というのは、数年前に福祉のケースワーカーから手紙があり、生物学的親が、知的障害者の障害者認定を受けているので、そのお金が下りる【専門的な事は判らないので間違ってたらすみません】とのこと。

 恐らく知的の障害者認定と生活保護認定のふたつを受けて、最期まで精神病院で過ごすのだろう。

 で、ケースワーカーの手紙で最後に結ばれていた言葉は「お母さんに声を掛けて上げてください、お金は必要ありませんから」と書いてあったようだが、その手紙はどこかに行ってしまったので確認できない。何よりも「声を掛けてあげる必要」をわたしは感じなかった。

 しかしわたしは、もっと早く彼女は知的障害があったのではないかとこの手紙を読んだ瞬間に思った。何故なら、一度だけ会った生物学的姉が「あの母親は精神病というか、頭がもともと弱い人なのよ」というような表現をしていた。そして生物学的親が姉にした事の内容を少し教えてくれた。

 その内容については割愛。つまり、姉は生物学的親の様子をきちんと把握していたフシがある。

 ただ、彼女の症状が若年性アルツハイマーなのか、性的トラウマによるPTSDなのか、境界性人格障害なのか、知的障害者なのか、総合失調症なのか。それはわたしにとって興味の事項ではない。

 わたしが理解できる事は、

 そんな人では、とても育児、教育をできる状態ではなかったろうし、将来についても子どもを引き取り、まともに育てる事はできないと、当時の児童相談所は判断できた筈だという事だった。つまり、養護施設へ丸投げされただけだと。

 さて、上記のメモを踏まえて、知的障害者妊娠について少し考えた。

自分の面倒も見られない人の生んだ子はどこへ

 生物学的親が早々に知的障害者の認定を受けていたとしたら、わたしも里親家庭への道が開けていたかもしれない。と考えるようになった数年前は、まだ障害者と妊娠についてテキスト化しづらかった。育てられてもいない家庭の養育環境について考えるのは非常に難しいのだ。

 「だいすき」というドラマ

 わたしはリアルタイムにそのドラマを観た事がないけれど、最近  veohという動画サイトにアップされているのを鑑賞した。そして知的障害者が子どもを生む事について考えさせられた。

 一話の簡単なレビュー

 ヒロインと夫は共に知的障害者だが、その2人が知り合い、夫が事故で死んだ後に、妊娠が発覚し、ヒロインが生家で母と兄と共に育てる事にし、結果、ヒロインは子どもを生んだ。

 ヒロイン以外には母と兄がいて、やがて生まれてきた子を育てるという筋書きだ。その中で障害施設の職員と母親が、ヒロインが子どもを生む事でこうむる色々な心配について語るシーンがあった。

 「自分の面倒も見られない人が子どもを生む、子どもが養護施設へ入ることになるかもしれないのよ」と。

 このドラマは、知的障害を持った女性が、

 子どもを生む選択をする
 子どもを施設に入れないで、自分で何とかする
 知的障害を持っていながらも健気な母親であるヒロイン
 生母が病気になった時、ヒロインは子どもを育てられるか?
 
 という事を柱にしている話だとラフに捉えた。

 ただ、このドラマ、何度か保健師が「何かあっては困るから乳児院や養護施設へ」というが、今の所、全く里親という言葉が出てこない。

 ヒロインも「子どもが施設に取られる恐怖」を覚えていることにスポットが当たっている。

 知的障害のこの女性が、いくらめちゃくちゃな子育てをしていても「彼女は育児放棄をしてるわけじゃないから」と保健師の先輩職員らしき人が語っている。

 しかしヒロインは基本的に、家事・育児がうまく出来ないので、結果的には育児放棄に近い状態になりやすい。という状況にみえる。このあたりで、わたしも見てて不安。
 
 正直、本文でも懸念されているように、彼女をサポートする家族がいなくなったら、この子どもは即、施設行きだと感じさせられた。ともかく、子どもを施設に取られまいとヒロインや家族はがんばるが・・・。

 まだ最後まで鑑賞していないが、知的障害者の妊娠についても考えさせられている。妊娠について、子どもを生んでない女が語るのはハードルが高いが、我慢して読んでくれてありがとう。

 だいすき!というドラマを全部見たら、感想文を書こうと思うが、まずは。

追記

 わたしはいかなる理由によっても、親として機能しなかった親は養育者としては認識できない。周囲から、いくら親側の事情を聞かされようと、わたしが1人で養護施設で生き抜いた事の理由付けにならない。

 わたしの望みは、子どもを育てられない状況の人が子どもを生んでしまった場合、遺棄児童同様、乳児院や養護施設よりも、里親家庭へ行ってほしいと望む。

 親が知的障害の場合、ほぼネグレクトになる。「家庭にありながら、親の温もりを全く知らない事の謎の一つ」に、わたしに関して言えば、知的レベルの低さの為、子育てを知らない生物学的親の側にいたので、結果的にネグレクトなってしまったのだと自分の乳児期を納得感と共に分析した。
 
 この記事はある意味カミングアウト【生物学的親の障害認定】なので、整理の為テキスト化に挑戦してみた。

|  養護施設にいる間の問題 | 06時30分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

観るね

 Maria、

 I am SAMを観るね。どうもありがとう!それにしてもサッカーをやる子は男の子だと思い込んでしまった。名前は確かにルーシーだから、女の子だよね。

 観たら感想書くつもり。だいすき!も観てみてね。

| Lei@I am SAM | 2008/07/02 07:10 | URL | ≫ EDIT

わたしは施設しか選択肢がなかったか?

 Maria、わたしが問題としているところはやはり自分が子どもの頃の児童相談所の対応なのだと思う。
 
 わたしの場合、生物学的親が子どもを養育できるような状態じゃなかったと思う。その期間、施設で待てば彼女は治癒するのかどうか?という話なのだと思う。治癒しないのなら、サポートするか、里親委託という道はなかったか?などなど、宛ても無く考えた親記事だった・・・。

 生物学的親も家族から捨てられているのでサポート体制がない、精神の病を持っている、将来引き取り育てる見通しが立っていない、などなど、生物学的親が子を育てる状況にないと知ったうえで、施設措置しか方法がなかったのか?という、個人的な怒りがあるらしい。

 「だいすき」のヒロインは天涯孤独じゃなく、周囲のサポート体制はしっかりしている。だから傷害を持っていても子どもを育てる事ができた。

 SAMの場合、子どもが里親との接点を持つ事により、親から引き離されもせず、子育て環境は整えられていた。

 わたしの場合は、乳児期と幼児期を結果としてネグレクトになり、その後は全ての子ども時代を養護施設で育ったので、親の能力の低さの為にネグレクトから出発し、その後、児童養護施設で、今度は管理的でありながらのネグレクトが継続したのだと思う。

 サポート体制がしっかりしていれば、わたしもそれでいいと思った。この親記事を書くのはかなり難しかった。書き方に慣れてないという事もあるが、コダワリどこころは、養護施設へ丸投げされたという事を後で知り、頭にきたというのが、どうやらわたしの本音。
 
 親が知的障害であるとか、精神障害であるとかを問題にすると、やれ「障害者差別」などとややこしくなるの。
 
 問題は、その子どもを育てる大人が、その子どもをきちんと育てられるかだけだと思うの。


 わたしもそう思う。親側の様々な理由を超えて、養育できる親なのか、できない親なのか。

 そうでないなら、どんな道が考えられるか・・・。ネグレクトされた子どもが施設へ長期入所させられても、ネグレクトに拍車が掛かるという問題もある、したがって子どもの無愛着は加速するという問題。子どもに必要な温もりを施設では治療できない。

 I'am SAM を読むか観るかしてみる。この国は何でもかんでも乳児院か養護施設行きで、一度入ったら二度と出られないからこそ、里親委託への道を考えてもらいたいと思った。

 Maria、フォローのレス記事をありがとう。自分なりにはちょっと問題発言スレスレなので、消した方がいいかな?と思い掛けてるうちに寝てしまった。

| Lei@その映画知らなかった | 2008/07/01 04:35 | URL | ≫ EDIT

成年後見制度

法務省民事局「成年後見制度」
http://www.moj.go.jp/MINJI/#seinenn

成年後見制度等関連四法の概要
http://www.moj.go.jp/TOPICS/topics26.html

 そもそも、知的障害は成年後見が必要な人であり、財産の管理などについては、後見人がさまざまに援助をしているの。
 結婚や子育ては、出来ないわけではないけど、子どもの正常な育ちを考えたら、補佐する人が必ず必要だと思うの。

 海外では、結婚も子育ても支援できるように、制度が整えられていると聞いたことかある。
http://www.normanet.ne.jp/~ww500002/ressay/essay1.html
日本では、まだまだ無理だと思うわ。

 養護施設にいる子の親は、精神障害も少なくない。精神障害の親に育てられるのも、子どもが親の精神異常の世界に染まってしまう可能性がある。
 あたしの親も統合失調症。親の記憶はないけど、「自分の心を手放したら終わり」だと思っていたの。たぶん、心を手放し、あちらの世界に行ってしまった親を見ていたのかも知れない…。

 子どもを育てられない親は、どんな親でも子どものためにはならないの。子どもは人形遊びの人形ではない。
 精神障害・知的障害の親を乗り越え、幸せに大きく育たなくてはいけないの。

| Maria | 2008/06/30 22:11 | URL | ≫ EDIT

障害の有無ではなく、子どもを育てられるかどうかなの

http://www.7andy.jp/dvd/detail/?accd=D0022560

「I am SAM」という映画を見たことがあるの。
文庫にもなっているの。

 あたしは、知的障害者だけで子どもを育てるのは、子どもに対するネグレクトだと思っている。知的障害者だけではないの、たとえば小学生が子育てすることを考えて欲しい。 子どもが子どもを育てるのは、育てられる子どもにとっては、不利益となる。
 
 この映画に出てくる知的障害者のSAMは、7歳程度の知能しかない。妻に逃げられたSAMは、障害者の仲間たちと一緒にルーシーを育てていた。
 だけど、ルーシーが7歳になったとき、ルーシーもそれ以上学ぶことを止めてしまった。自分が父親の知性を超えていくのを恐れたのだと思うの。
 
 そして、州のChildofficeが、ルーシーをSAMから引き離し、里親に委託したの。里親はルーシーのために個室を用意し、今までにないすばらしい環境を与え、心からルーシーを愛したの。
 だけど、SAMはルーシーの住むところを探し当て、その近くに引っ越すの。ルーシーは里親の家を夜中に抜け出し、SAMの家にいく。

 SAMは親権を取り戻そうと、裁判を起こす。だけど、結果は映画では判らない。
 最後のエンディングは、サッカーをするルーシーを、SAMと里親夫婦が応援している。
 たぶん、親権は里親に残り、SAMは自由にルーシーに面会できるようになったのだと思う。
 
 あたしは、これが一番子どものためになる現実的な解決方法だと思う。
 
 親が知的障害であるとか、精神障害であるとかを問題にすると、やれ「障害者差別」などとややこしくなるの。
 
 問題は、その子どもを育てる大人が、その子どもをきちんと育てられるかだけだと思うの。

 もし、障害の有無にかかわらず、年齢の高低にかかわらず、子どもを愛情をもって正しく育てられないのであれば、親権を停止し、里親なり、養子縁組に出すべきだと思うのよ。
 もちろん、SAMのように、親子が交流出来るのが理想だと思うけど。
 
 大人の満足のために子どもはいるのではないの。
 
 育てられない大人の元には、子どもを置いてはいけないの。

| Maria | 2008/06/30 21:43 | URL | ≫ EDIT














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