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無愛着の原点:ぬくもりというものはどんなのかピンと来た事がない

養護施設にいる間の問題

 ぬくもり

 温もりについて想像ができない。何故世界中に生きる人々が温もりを求めるのか判らない、温もりが回帰願望の一種だと思わせるほどに、一部の人は温もりを得る為に多大な労苦をいとわない。わたしは温もりが全く判らないので、温もりを求めて彷徨うことが一度もなかった。

 トラウマを背負っている人も温もりを求めるがゆえに再演を続ける。わたしに再演があるとしたら、わたしの場合は、コンクリートの床に移った自分の体温だけがぬくもりだと感じる

 おっぱい

 わたしにとっておっぱいは哺乳瓶売り場でぼーぜんとするもの。わたしの感覚と実際は違うという事だ。子どもをやった事がある者なら知っていて当然と言わんばかりに、哺乳瓶売り場の哺乳瓶はわたしの感覚を責めるように並んでる。

 何故ならわたしは自分の板のような胸を見下ろすとホッとするし、硬くてごつごつしたものがわたしにとっては、原初の母なるものとおっぱいに相当するようだから。でもそれは世間的には感覚がズレているようだ。クリスチャン的には表現としてどうかと思うけど、わたしは ”乳なる神”と”父なる神”が合わさって、それを母のおっぱいという感覚を持ってるようだ。

 生物学的親である女性からは、何もメッセージを受け取った事がないと断言できる。たとえ、福祉が「あなたのたった一人のお母さんですよ」と責め立てようが、世間でいうところの母親像を感じられない。

 路上感覚

 生物学的親や養育者を不適切と感じたり、精神的にあっちの世界へいっている事を子どもが直感的に把握した時、子どもは1人で生き始めると思う。わたしの路上生活は、自分で自分の食い扶持を稼ぐという動物的な感覚が、たくましさに繋がってしまった気がする。それは養護施設で改善されるのか?

 施設長期入所と無愛着の固定

 生物学的親がぬくもりの性質と必要性を認識しなかった為のネグレクトを経て生きたこどもは、さすがに養護施設へ収容される。

 しかし養護施設は管理的であり、集団養育であり、ぬくもりの必要性や固定された相手への固定化としての治療目的の場ではない。養護施設では無愛着が加速する、その理由として、ネグレクトへの問題意識が非常に低い為、固定されたぬくもりを提供できないからだ。

 被虐待児への対応は多少考えられているとしても、ネグレクト家庭から来た子どもへの対応の基準がない。

 里親家庭

 わたしは里親家庭を体験した事がないが、わたしは、ぬくもりが欲しくてたまらない気持ちになった事が一度もないので、少しくらい手をつなぐとか、頭をちょっとなでてもらうとか、そんな体験をしたら、どうなるんだろう?と想像しきれない。

 ちょっと、メモランダム。

 5W1H

  わたしは帰属する場所を地球とする。しかし、もっと小さく定めても罰は受けなかった筈だと思う。何処の国でも良いから、定まりたかった。

 ・・・そう考えたら、今のわたしは、絆相手が3人。夫、Wolf、Maria。

 とはいえ、夫からは「離婚したら終わりの関係だよ」と教えてもらってる。
 とはいえ、ソウルメイトたちからは「離婚も結婚も関係なく、ソウルメイトなんだ」と教えてもらってる。
 
 どっちが良いとか悪いではなく、そういう、関わりにも色んな性質があると知った。

 ★一部ちょっと変な表現をしてしまったので色々修正しました【汗】

|  養護施設にいる間の問題 | 06時18分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

 
 ありがとう、ご心配をありがとう。その事に関して、いつかもっと整理できるようになったら、又は記憶がきちんとしたら、何か書けるかも。今は単発的に、フッと書いてしまう。

 大丈夫です、ほんとうにありがとうe-381

| Lei@クラップコメントの方へ | 2008/07/02 07:02 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、

 あたしは、施設にいても、幼児の頃はぬくもりを求めていたと思うの。

 でも、施設では、上級生(男も女も)から、(時には職員も)、性的奉仕を要求されるだけで、体を包み込むようなぬくもりを感じたことはなかったわ。

 学校帰りに出会う地域の大人も、施設の子だと知ると物陰に連れ込もうとする奴らばかりだった気がするわ。あとは、まったくの無関心か…

 子どもの成長に必要なぬくもりなんて、養護施設には存在しないわね。「子ども同士の育ちあい」なんていう寝言のような集団養護論がかつては跋扈している場所だったから…

 だから、いつしかぬくもりを求めることすらなくなってきたの。

 あたしは、お母さんやお父さんに抱っこされている子どもを見ると、焼け付くような焦燥感を感じることがあるわ。その子があたしをみてにっこりしようものなら、「なに勝ちほこってんだよ」と殺意が湧くと思うの。

 体のぬくもりがないだけではない。心のぬくもりもない荒涼とした世界。そこで、シセツの子たちは暮らしている。まともに育つはずがないの。

 ところでLeiちゃん、
龍神温泉で一緒にお風呂に入ったけど、決して板ではないわよ。存在を主張しすぎない、ほどよい胸は、あたし大好きだわ。あたしもそうだし…、ポッ(#^_^#)ポッ..

| Maria | 2008/07/02 02:35 | URL | ≫ EDIT














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