PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

心の隙間産業のようだった某新興宗教にハマッた過去

養護施設を出てからの問題

 「オカエリ」に関する二つのイメージ

 一つは、

 「さあ、とっととあなたのねぐらへお帰りなさいな!」

 もう一つは、後に知る事になった

 「お帰りなさい、ご飯ができてるよ」

 というものだった。

 わたしは、帰る場所を持ってないので、常に旅を続ける一人キャラバンのようなものだった。

 何処へ向かうかを悩んだとしても、帰るあてがないので延々と移動し続けるしかなかった。移動する世界観の中に自分の居場所を探そうとしていた。

 一度目の施設を脱走した真夜中の道、走りながら考えた事は、行くあてのない旅路への覚悟だった。捕まる事は避けたかった。捕まる事を帰る事と同じ意味合いにはできなかった。でも本当は、脱走というものは「帰る宛てのない」脱走は、結局無謀な旅でしかなかった。

 施設を脱走した夜、迷い込んだ民家の庭で捕まったが職員を待つ間、その民家のご主人は言った。

 「もう帰りなさいね、あんたのいるべき場所へ、もう来るんじゃないよ」
 「保母さんも心配してるんだから」

 だから施設へ戻されたけれど・・・。
 
 新興宗教にハマッた

 就職してしばらく・・・。

 いきなり新興宗教にハマッた。その宗教の信者は「お帰りなさい!ごはんの用意が出来てるよ」と言った。わたしは、通ううちにその言葉は、幼い頃の脱走の時に聞いたものとチガウと知った。

 オカエリナサイは、よく帰って来ましたねという意味だと、信者の男の人が教えてくれた。

 だからその言葉を得がたいものと思い、何度も「お帰り、ご飯の用意が出来てるよ」と言ってもらいたくてその場所へ通った。それに本当に食事も用意してくれたのだ。

 この心情をどう解釈していいか判らないので書かなかったけれどMariaには言ってた。昨日Mariaは「文章化してみて」と言った。書くと、正しいお帰りが理解できるようになるのかな。

 Mariaのオカエリも「さあ、もうお帰りなさい」と突き放す時の言葉だと思ってたらしい。お帰りは家や故郷や親を持たない人にとって、全く間逆の意味合いになってしまう。

 同じ言語を間逆に捉える施設育ちと家庭育ち、これがわたしの場合は夫婦間のすれ違いにまでは影響している。

 わたしは、でも今でもあの新興宗教の「お帰り!ごはんの用意が出来てるよ」という言葉と共に、すぐに出された昼食とかを思い出す事がある。心の隙間産業みたいだな・・・新興宗教。と思うけど・・・。

 ※、当時はいつもおなかが空いてた【・・・】でも全ては勧誘の為の作戦だったと判明。判った事で目が覚めたけれど、最後に残ったのは、誰も居ないという現実だけだった。 ただ、あまりに貧乏ぐらしだったので、霊感商法の対象にならず、むしろ同情されてたけれど・・・。

|  養護施設を出てからの問題 | 09時54分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/659-963b142e

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。