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無愛着という自覚しづらい問題点について

SOUL FAMYLY -project.別館

 この間、「何歳くらいで里親家庭に引き取られれば愛着に間に合うのか」という点を考えたので里親sidoさんに訊ねてみた。

 すると、他の里親さんの声では「一才半で引き取られた子でも、もうすでに遅かった」らしい事が判り驚いた。それを聞いて「生後3ヵ月以内」には里親家庭へ引き取られて欲しいという気持ちをもっと明文化しなきゃと思った。

 乳児院に1年いたら、愛着に間に合わなくなってしまう。
 
 このブログでは、虐待された子と遺棄やネグレクトされた子では、それぞれの問題は根本的に違うと書いているつもりだが、まだまだ、無愛着児がどのような子ども達なのかが、どのような行動が多いのか、里親は何に悩まされているのかを書ききれない。
 
 里親が出会う子どもは、虐待を受けた子ども達だけじゃない。虐待の手間も省くように捨てられた子ども達との出会いもある。そして捨てられた子の対応の方が無愛着という点で、より難しい。

 たぶん、日々、Wolfから指摘されている事柄が実際の無愛着児と共通する事柄なので【自覚は難しい】箇条書きにすれば自分でも、自分の行動が把握しやすいのかもしれない。昨日も「あなたの態度を箇条書きで書くからね」と言われたので、人から書かれるくらいなら【児童票でこりごり】自分で書こうと悩む。

 無愛着児は周囲の大人の共感を呼ばない
 
 わたしの無愛着はとにかく周囲の人間の共感を呼ばない【らしい】。夫との日々の語らいも共感からはほど遠い、ブログを本音で書けば傷つく人が出てきてしまう、絆づくりをしている相手をボロボロにするらしい【とくにWolf】、自覚が難しいが相当な無愛着ぶりなのだそうだ。

 自分を思う人を何故か傷つける

 昨日「人っていくらでも取替えがきくからね」と言ってしまい、Wolfを又怒らせてしまった。一般論を言ったつもりなのだけど、一般論というよりもMy一般論なのかもしれない。実際はWolfやMariaはこの世に1人しか居ない人たちなので、その命の重さを取替えがきくなんて思ってないが・・・。気付いたら、自分の感覚をボーっと語っている【とくに酒飲んでる時】

 又「これはWolfだけに言ってるわけじゃない、わたしは誰に対してもこう言ってるので安心して」と言うと、何故かさらに火に油を注ぐことになってしまう。

 その時の心境はわたしは単に「彼だけにこういう事を言ってるのではないから、みんなにそう言ってるから平等でしょ?」と思って言ってしまうらしい。何故か、みんながそうだから大丈夫と思う癖がついている。Mariaなら「みんなって誰?」と切り替えしてきて、わたしは答えられないだろうけど。

 でもついつい、考えなしに言語化するかぎり2人を、そして夫をボロボロにし続けるのだろう。わたしは何を言われても鈍感で痛みもないし悩みもない人間だけど、わたしに身に付いている感覚を、わたし自身が傷つき感を持たない限り、鈍感であり続けるのかもしれない。

 とくに愛着というものを育てるという事は共感性を身に付ける事にも繋がるのだね・・・。いつも会うは別れの始まりだったから、今度の相手は違うという勉強をしなくちゃいけない。

 その後でなら、相手の気持ちをスッと受け取れると思う、だけど非常に難しい作業なの・・・。

書けばリアル世界に反映されるわけではない
 
 こういう事を書くと、ブログでは書かないわたしの片鱗が見えてくるのだろうか。ブログを書いていても、その内容は愛想もへったくれもないが、リアル世界でのわたしはもっとヒドイ仕打ちを周囲の人々にしているらしい。

 わたしと付き合ってくれる僅かな人々さえも去らせてしまう考え方の癖。こんなに文章化して整理しているつもりでも、リアル世界へ反映されていないという現実。

 ブログでこれだけ書けばもう昇華されてスッキリと満足感を得てる筈なのに・・・と思う日々だ。

|  Soul-Family-projct・別館 | 05時48分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

家庭では怒りの元になるんだね

 
 Maria、
 
 無愛着児童は一見すると誰にも頼らず勝手に生きるので、養護施設では問題児じゃない。でもこのままの感覚を持って里親家庭へ引き取られた里子は、きっと里親の怒りを買う。

 子どもは愛着を大人に持ってこそ子どもでいられる。虐待されても大人を求める子どもが共感を持って涙されるのも、そういう事。

 でも、我関せずで生きてる子には怒りがわく。ネグレクトで育った子と、虐待受けた子では、必要なものが違うとは知らなかった。

 わたしは、問題児じゃなかったんだから、施設では。今頃になって・・・困るよという気分だ。オヤジWolfは怒りまくってるし・・・さ。

| Lei@感覚どおりに生きると | 2008/07/18 07:48 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、

 施設では、職員が入れ代わり立ち替わり交代勤務に入るし、しょっちゅう辞めては新しい職員が入る。

 子どもも、入れ替わりが激しくて、年に一度の部屋替えでリセットされるし…

 人は代替可能と思うようになるのは、不思議ではないと思うの。

 家庭では、代替不可能な親がずっと子どもを育てている。かけがえのない相手だと思えるようになるのね。

 こう考えると、養護施設って子どもの育ち場所ではないと改めて思うわ。

 長期の子どもは里親に出して、短期の子どもだけにして欲しいわ。

| Maria | 2008/07/18 06:37 | URL | ≫ EDIT














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