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読書感想文:「しあわせな明日を信じて」乳児院・児童養護施設の子ども達の作文集

読書感想文





 ← カスタマーレビュー投稿内容(Amazon)

この本を読んで着目した点は、乳児院・児童養護施設の集団養護論に対する「優位性」に関する内容についての違和感でした。集団の「劣位性」としてあげられている養護施設内虐待や固定された相手に対する愛着の育たなさなど、色々ありますが、集団の「優位性」としてあげられている「仲間同士の育てあい」に言及している部分が、わたしには大人の不在を感じさせるものでした。

 子どもがたった一度の子ども時代を得がたいものとする為には、自分だけの固定された大人(養育者)が必要だと思います。子どもには何が必要かを考えた時に、自分が養育者にとって「かけがえ」のない存在となって初めて、理解できる性質のものだと思います。

 その後でなら、仲間との交流を考える事もできると思いますが、生まれた瞬間から集団生活を余儀なくさせられている子ども達は、いきなり集団のどまん中に放り込まれてしまうので、わたしは養護施設で育った者として、様々考えさせられました

 


生後四ヶ月の乳児院の子どもの様子~養護施設での集団生活まで


共に学びあい、育ちあうなかで培われる愛着 谷口 驚(名古屋学院大学教員)

ゆうき君の愛着の発達

乳幼児期の愛着は、最初、だれにでも近づこうとするところから始まります。

 【中略】

 ゆうき君が四ヶ月ごろ、保育者と視線を合わせると泣き出してしまったのは、ちょうどよく見知った人とそうでない人を区分できるようになって、人見知りが始まりかけていたことを示しています。

 【中略】
 
 愛着ができてくると、乳幼児は愛着対象者の後追いをしたり、視線を求めたりするようになります。なぜなら、愛着ができかかってきた頃、乳幼児から養育者への信頼はまだ十分ではありません。たとえば養育者がどこかへ行ってしまうのではないかというような不安を幾分かもっています。それが、ゆうき君が職員にほほえみを向けたり、職員の姿を探して大泣きするようになった大きな理由です。

 その後、養育者との愛着が深まっていくことで、乳幼児たちは強い愛着の対象者を安全の基地として利用しつつ、少しずつ自立的な行動をとれるようになっていきます。つまり、子どもたちは主な愛着の対象者がいつも自分の相手をしてくれなくても、いつも見守ってくれているという安心感をもてるようになっていきます。

 いざとなればその人が自分を守ってくれ、必要な時にはちゃんと助けてくれたり、相手をしてくれたりするという安心感から、その人と少しくらいなら離れていても平気になります。そして、必要な時はその人のもとへ駆け戻ればよい。自分を守ってくれる安全の基地と認識するようになっていくのです。

 保育者が他の乳児のところへ向かおうとすろ時、ゆうき君が「バイバイ、センセイカアチャン」という言葉を返してそれまでの遊びに戻っていくところなどは、保育者とゆうき君の間に良好な愛着ができている事を示しています


 #本文の一部を引用【テキスト打ち】しました。


 
 ・・・・はい?

 上記が乳児院での子どもたちと養育者たちの様子の一部。わたしが乳児院から来た子ども達と同じ部屋で保母のまねごとをさせられていた【高校生だったので】頃に、子ども達は自分で勝手に遊んでいたし、勝手に眠っていたのを思い出した。

 「バイバイ」というのも乳児院から来た子に特徴的な挨拶の仕方だった。すぐに戻るつもりでちょっと部屋を出るだけなのに「バイバイ~」と言っていた。でも当時はおかしいと思わなかった。ソウルメイトから、「じゃあ、元気でね」とすぐにわたしが言うのを指摘されるようになってから、過去を思い返すと、こういう状態だったという事だ。

 乳児院から来た子と家庭から来た子の措置理由を知る筈もない園生であるわたしでも、家庭から来た子と乳児院から来た子は違ってみえた。乳児院から来た子の個性だと思ってた事が、別れ慣れしてるだけじゃないかと思うようになってきた・・・。

 でも家庭から措置されてきた幼児は「バイバイ」をあまり言わなかった。「ええ、いっちゃうの?」「すぐかえってくる?」と新鮮なコトバを言っていたので、明らかに目立つ違いだった。

 施設の保母は「何かあったら言うんですよ」と子ども達に言っていたが、わたしは小さい子たちが何となく互いにけん制しあってるように見えたので、何かあっても誰も行かないだろうなと感じてた。

 そして同時に「子どもから何か言って来なければ対処しないでいいと思ってたので、子どもが何も言いに来ないのだから問題はないと思っていた。【思うようにしていた】

 自分から何も言えないタイプの子は、だんだん何も言わない子になって行った。それを見て職員は「あの子はすっかり馴染んじゃったわね」と微笑んでいた。わたしも又、それを「施設に馴染んで落ち着いてきた」と思う事にしてた。放置なのか自立なのか判らない幼児さんを見慣れすぎていた。

 でも何も言えない幼児さんは、自分の髪をむしったり、白いほっぺたに爪を立てたり、はなくそを食べたり、自分の鼻水を舐め続けたり・・・それはそれですごい事になっていた。そしてだんだんさらに落ち着き、さらに施設の子っぽくなっていった。

 愛着を持ったから離れていても安定してるのと、誰にも期待しなくなったから放置されている状態に慣れているのとは根本的に違うと思うが。


 ひとりの育ちがみんなの育ちに、みんなの育ちがひとりの育ちに 浅倉恵一(名古屋学院大学教員)
 
 恵理さんの作文と担当職員さんのコメントを読んでまず感じた事は、施設養護の特色ともいえる「集団」(子ども集団・職員集団)が有する「育ちあう力」の素晴らしさでした。日頃施設の子どもたちのいじめの問題とか施設内虐待などの話を耳にする事が多く、施設の「集団」の劣位性だけが論じられ、施設の「集団」が否定的に考えられています

 しかし集団の持つ力は「劣位性」の働きだけでなく「優位性」の力もまた働くのです。

 施設で営まれる生活の中で「集団の優位性」の力がしっかりと発揮されると子どもも職員も大きく成長して、結果素晴らしい集団養護実践が生まれる事を忘れてはなりません。

 #本文の一部を引用【テキスト打ち】しました。

 


 何かとすぐに集団生活

 わたしの育ちの問題は他人の問題にあらず。同じ釜の飯を食った仲でも、ある日その子の親がその子を迎えにきたら、一緒にその子の家に引き取られるわけじゃない。だから他人は他人、自分は自分だと施設で教えられた。

 施設では確かに「集団の育ち合いばかり論じられて」いたので施設内虐待なんてどこにもなかった。子ども同士で力いっぱい育ち合っているのだから暴力沙汰なんてどこにもなかった。

 殴る子にも理由がある、殴られる方にも理由がある、お互いにそこは譲り合ってきちんと理解しあいなさいと言われて、殴られた子は無用な反省を上級生から強いられていた。チクッたら何をされるか判らない、養護施設の虞犯少年の育ち合いなんて二度としたくない。

 ・・・それにしても、わたしの作文、どうして載らなかったんだろう。たしか「この様な本を出すので書きなさい」と原稿用紙を渡されて書いた作文は「不採用だったよ」と言われた。たぶん今と変わらぬ施設観を持っていたからだろう。

 この作文に載った子たちのような文章は書けなかったと思うから・・・。
 
 とはいえ、その作文かえせ~【こころの声】。

| └ 読書中 → 完読 | 07時57分 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑

このブログのメインテーマ

 はじめまして、Tさん。

自分は、大学教員になる前は、教護院・児童自立支援施設で住み込みの職員をしていました。

子どもたちがいやおうもなく、非行をしたという事実だけで集団生活を余儀なくされていまうので、


 わたしは物心付いたらいやおうなく児童養護施設にいました。わたしのような者や、乳児院から児童養護施設まで、全ての子ども時代を施設だけで育った子の事をメインにすえて書いてますので、自立支援施設の子の事には触れていません。

 わたしは乳児院・児童養護施設(だけ)で育つ事の問題を書いているのです。

 個人的には非行少年は自立支援施設で集団生活をして、この世の中は自分中心に回っているわけではない事を知る必要があると思います。

 ただ児童養護施設に虞犯少年が入所してくるのは勘弁してほしいです。そして何よりも、親が育てられない子は全員里親家庭へ迎えられてほしいとの思いでブログを書いています。

 いくら施設の改善をしても、家庭を一度も体験した事のない子どもの問題は消えないのです。
 

| Lei | 2009/05/26 06:13 | URL | ≫ EDIT

すみません

自分はコメントを付けた側の大学教員です。
さまざまなご意見をありがとうございます。
自分は、大学教員になる前は、
教護院・児童自立支援施設で住み込みの職員をしていました。
子どもたちがいやおうもなく、
非行をしたという事実だけで集団生活を余儀なくされていまうので、
できるかぎり子ども一人一人の意見を聴き、
それぞれが日課を考えて生活するという生活方法を実践していました。
それが功を奏したのかどうかはわかりませんが、
強制も監視もしない暮らしを通して、
2年間無断外出のない穏やかな暮らしが続くこともありました。
しかし、先輩職員からのパッシングなども多く、
鬱にもなってしまい、結局、施設から追い出された?逃げ出した?者です。

集団主義という言葉には違和感を覚えるのはよくわかります。
子ども一人一人が大切にされるからこそ、民主的な集団が成り立つ訳で、
子どもを大切にしない大人たちが何を言っても信ぴょう性はありません。

東京都内にある施設でも、まだまだ人権侵害をしている施設は多いですし、
集団主義養護といってる施設でも人権擁護に熱心に取り組んでいるとこもあります。

いずれにせよ、児童養護施設は約570もあるので、
考え方も実践も人権意識も千差万別です。
少人数で密室化して、職員が虐待をバンバンしている気配のする施設も、
大人数で職員が足りなくて、ネグレクト状態の施設もあるという現実を、
早急に改善していくようにしていきたいなと自分は考えています。

理論はともかく、子どもたちが親と暮らせなくてやってくるすべての施設が、
子どもが主人公になれるようにしていくことが一番大事だとも思っています。

こういう場違いな者の発言で、本当に申し訳ありませんでした。

| T | 2009/05/25 14:53 | URL | ≫ EDIT

現在、そしてこれから

 ぽっぽさん、コメントと記事のご紹介等、どうもありがとうございます。理論の成り立ちも少しずつ理解できるようになってきました。とはいえ、わたしは施設全部育ちとして、捨てられた子どもたちの育ちに必要なものが何であるかをテーマにしているので、集団養護論であれ、小舎養護であれ、子ども達にとっては、家庭で育つ事が出来ないという点では、大差無いと思っています。

 ただ、情報を少しずつ教えていただき、ありがとうございました。取り急ぎ。

| Lei | 2008/09/07 07:39 | URL | ≫ EDIT

Leiさん、Mariaさん こんばんわ。
集団養護論は、日本の児童養護施設の大半が加盟している
全国児童養護問題研究会
http://www.ne.jp/asahi/yomon/ken/index.html
が、主張していたものです。HPから初代会長のリンクをご覧になってください。

浅倉氏の集団養護論は、20年ほど前、ある全国児童養護施設施設長研究協議会で、発表者の小舎制養護論に対して、フロアーにいた浅倉氏との論戦が助言者であった、今は里親関係で活躍している大学教授との論戦になったことを今でも鮮明に覚えています。

| ぽっぽ | 2008/09/06 22:12 | URL | ≫ EDIT

ぽっぽさん、こんにちは。
がんばれの頃から、拝見していましたわ。

Edwardさんから噂は聞きませんが、お元気ですか?

 さて、Leiちゃん、
 日本育成園についていろいろ調べたわ。
ここは、キリスト教(たぶんプロテスタント)の理念に基づく養護施設なのね。HPでは、「集団養護論」なんて一言もでないから、この施設で実践しているわけではなさそうね。
 子どもたちの幸せのためにもよかったと思うわ。
 ま、机上の空論だから、施設で実践できるはずもないし、「先ず隗より始めよ」もできないのね。

 でも、乳児院を併設しているのは気に入らないわね。その紹介文も…

日本児童育成園HP
http://www11.ocn.ne.jp/~ikuseien/index.htm

日本児童育成園の創設者である五十嵐喜広氏
http://www.shonai-nippo.co.jp/square/feature/exploit/exp115.html

| Maria | 2008/08/31 00:34 | URL | ≫ EDIT

コメントありがとうございます

 ぽっぽさん、はじめまして。最初は鼠先輩かと思ってましたが、がんばれ!でお話した事のある方だと気づきました。コメントをありがとうございました。

| Lei@初めまして | 2008/08/28 15:19 | URL | ≫ EDIT

Non Title

はじめて、投稿します。

ここで語られている「浅倉氏」は、岐阜県の日本児童育成園の施設長でした。

当時は、「集団養護主義」を活動の主としていた「全国児童養護問題研究会」の会長も勤めていました。

この会の原点は、関惟勝氏の考えで著書にも「集団養護と子どもたち」があります。

つまり、名古屋学院大学の教員ではなく、施設勤務時の体験から来るものだと思います。

| ぽっぽ | 2008/08/17 02:25 | URL |

利権立国・日本

 jtwさん、おはようございます。理事長との問題をいつも抱えてらっしゃるのだと推測しています。都会の施設ではなかなか生き残れない観念が通例として、田舎の児童養護施設業界ではまかり通っている印象です。

 お辛いと思います。見ざる、言わざる、の中で正義が何かもわからなくなると思いますが、そこで育った子どもの態度だけが、その世界で育った「結果」を引き受けているように見えます。

 これからもご指南をよろしくおねがいします。がんばりましょう、声を上げる事と継続が大事だから、そうしていきたいです。

| Lei@jtwさん | 2008/07/21 09:05 | URL | ≫ EDIT

集団養護のよさとやらをとことん暴く

 Edwardさん、ご連絡をありがとうございました、わたしはまだ、脳裏に引っかかった程度なのですが、きっとEdwardさんはもっと掘り下げた問題意識を持っておられると思います。

 わたし個人は集団生活ときくだけで、本当に身体に発疹ができそうな感じなのですが、わたしとMariaはこの集団養護論に、言語を超えた怒りを持っております。

 どうか、よろしくおねがいします。いつもわたし達のブログをチェックして下さいましてありがとうございます。

| Lei@Edwardさん了解しました | 2008/07/21 08:52 | URL | ≫ EDIT

Aha体験の人かな

 
 Maria, この茂木さんは日テレの情報番組の、世界一受けたい授業の講師として出てる人じゃないかと思う・・・。テレビ見ないだろうから、もしかしてMariaは知らないかも。

 でもわたしはこの人の言ってる事=脳生理学なんだと直感的に感じてたのでチェックしてた。

 名前と顔とその人の立場が連動しないので、わたしは人を覚えられないんだけど・・・この人の言ってる事に近い感覚を持ってた。

 でも・・・わたしはアヒルと煙突の成績表。「頭が悪い記憶」しかないわたしは、図書室でビクビク勉強している記憶もあるかも・・・。
 
 でもわたしを知る人がこのブログを見ればすぐに笑うだろう。

 「おろかな女がブログでいっちょまえに語ってるよ」と・・・。まあどうでもいいけど、どうせ失うものはない。

| Lei@茂木さんって・・・ | 2008/07/21 08:28 | URL | ≫ EDIT

施設内虐待を許さない会HPで引用させていただきました

Leiさん、こんにちは。

当会HPの掲示板で引用させていただきました。
この浅倉某氏については、当会でも、公開で議論したいと考えています。

| Edward | 2008/07/21 01:13 | URL | ≫ EDIT

大学の先生なら 施設の内情を知ろうと思えば 
知れるのに、なぜ「集団の優位性」の力など賞賛
するのでしょう。
施設は たいてい一般社会に対して閉鎖的で 従って
里親も施設のことを ほとんど知らないです。
新聞記者は たいてい 施設の理事の言うことを
そのまま 書いて、被害者(消費者)である
子どもの視点は 忘れています。
多くの職員はすぐ辞めていき、理事様方だけ死ぬか
病気になるまで 勤めます。長く施設に居て 実情を
よく知っている理事は 社会に対して沈黙を守り、
業界は 内輪で団結しているようです。
措置費を受けて 運営しているのだから 本当は
社会に対して 充分な説明をする義務が 理事には
あるはずなのに、理事は大金を寄付し、無給で
理事を務め、措置費の受け皿を用意しているのだから
措置費など 二次的なもの、後についてきたものだと 
言う理屈のようです。

| jtw | 2008/07/20 14:42 | URL |

古臭い理論に縛られる必要はない

 Maria、いつもありがとうね。でも何か怒っちゃってとまんないから、以下は話しかけモードじゃなく・・・。

 先人の知恵と、古い理論に執拗にしがみ付くのは別の話だと思う。古きを知って新しきを知る手ごたえも、古いのが良いのではない、現代に通じる知恵を感じるからこそのもの。

 わたしが親記事に引用した人々の解説は素人のわたしから見ても噴飯ものだった。養護施設で11年以上育ち、今、愛着なんてカケラもないという現実。
 
 何故そこまで集団であらねばならない。集団で育つ事をスタンダードとしたいなら、養護施設の集団養育をこの日本でやればいいのだろう。親のない子だけじゃなく、親のいる子にも集団養育、施設全養育を適用すればいいだろう??
  
 と思いましたので、書いてしまいました。脳生理学の世界は日進月歩だそうだ。あまりに体育会系で育てられたので、脳の使い方を間違ってしまったようだ。

| Lei@日進月歩 | 2008/07/20 11:53 | URL | ≫ EDIT

カルトな「集団養護」擁護論者

 Leiちゃん、

 感想を書いてくれてありがとう。

 あたし、この本をチラチラと読んだけど、また、くだらないことばかり書いてるいるから、読む気にもなれないの。

 この本は、子どもの様子を本人や担当職員が書き、それに対して大学の教員がコメントをつけるというスタイルをとっているけど、そのコメントがどうにも見当違いなものばかりなの。

 この人たち、本当に勉強出来ているの?
 発達心理学の成績はどうだったの?

 あたしは、自分がどう育つべきだったのかを知りたいと思い、発達心理学の本を何冊か買ったの。そのうちの何冊かは、保育士養成講座のテキストだった。

 発達心理学を学ぶと、「育ちあい」なんて言葉は出てこないし、乳幼児期からの集団養育が子どもの発達に見合ったものだとはどこにも書いていない。
 それなのに、この集団養護論養護論者たちは、ボルビーの愛着に関する理論を否定し、いえ、ねじ曲げて、乳幼児の集団養護を擁護しようとする。

 まるで、カルト集団のように…

 ネットで、「ボルビー 愛着」で検索かけたら、こんな本の紹介記事があったの。さっそく、アマゾンに注文したわ。読んだら、Leiちゃんに貸すわね。
http://ameblo.jp/mansion-marketing/entry-10031500212.html

 名古屋学院大学の教員の一覧があるけど、谷口篤氏だけでなく、浅倉恵一氏もいるのね。この人もたしか、「育ちあい」という言葉を多用する集団養護論者だったわね。
http://www.ngu.jp/health/teachers.html

 なんだか、名古屋学院大学もたいしたことないわね。

| Maria | 2008/07/20 09:07 | URL | ≫ EDIT














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