PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

施設育ちが「とても濃い家族主義、一族主義」の中で生きるという事

施設を出てからの問題?

お盆が近づく今だから、農家の?嫁としてドキドキする時間

 夫の家族主義はすごい

 わたしは、夫が生家へ戻った時に彼を育てた家庭と農村と姑の濃い家庭の相関図を見ている状況。こうなると年季が入りすぎているので【農家というものの時間がストップしている?】都会の核家族とは違うようだけれど・・・。

 興味深い家庭育ちの姑

 彼女は「自分の血縁なら、どれほど悪い事をしても、よっぽどの理由があったと思う」が「他人が何か悪い事をしたら、やっぱり他人は理解できない」と言う。

 わたしは「夫婦などのような契約に基づいた家族、あるいは、血縁に基づいた家族」どちらについても淡い幻想はいだいておらず、姑の「家族・一族ならば何でもOK」な感覚にびっくりする。

 ところが姑は家族に淡い幻想をいだいてるわけじゃない。彼女らはこの血筋を残す為の、種が生き残る為のサバイブの意識があるのだろうと思う。「水飲み百姓」と自分をこきおろしながらも、孫を待ち望む。それを当たり前と思えない嫁、ただ、その対立でしかない。

 親孝行について

 姑はわたしが生物学的親の親孝行をしない事に怒りと不信と困惑をおぼえている。わたしが「育ててもらってない親に思いはない」と言っても通じる相手じゃない。

 なんと言ったらいいのか、理屈を通そうとすると理屈が空回りする。「農家の長男と結婚したという事がどういう意味か判るか?」と言われても、すでに農家で食ってるわけじゃない夫を見て「ふ~ん」程度。夫本人も「さやえんどう」と「スナックビーンズ」の区別が付かない。【品種が違うみたい】。でも本人悩まず。

 「農家の息子が情けないねえ」と言われてもヘラヘラ曖昧な笑い。

 わたしの目に映る「濃い家族」を理解しようとすればするほど、理論で考えれば考えるほど迷路にはまりこむ気分だ。

 そんなわたしがつい「横溝正史だっけ?」の小説を色々思い出し、外界から閉ざされた農村などの風景の中に、ごく自然に家族の忌まわしさとか、そういうものを連想してしまったが、夫はむしろ、そういう環境によって、外界の割り切った他人視点の世界観から守られていると思ってるらしい事も感じた。

 わたしは、急転直下の世界観の移行を迫られている。

 わたしが生まれて初めて接した「家庭」はどこか怖い・・・養護施設だけで育ったファンタジーのない世界から、農村だけで育った事で失礼な外界から守られたという、家族【幻想】だけを支えにしている、一族の結束だけを求める世界。

 不思議でおどろおどろしいし、割り切りたくない人々。客観性を持ち込んだら殺意を持たれそうな勢い、わたしは一体どんな世界へ、足を踏み入れたのか・・・と思う。

 わたしは実はすごい因習と風習にカテゴライズされている地域の農村に嫁いだので、元々はクリスチャンの自分の視点が、どうしてもこの世界観に驚き、いつまでも海外からのお客人の意識を超えられないのかもしれないと思った。

 ★これは婚家への批判でも何でもなく、本当にこれはこれで単なるわたしのイメージング。閉ざされた世界が、収容施設しか知らない自分が、今度は、農村部の犬神風な世界観を彷彿とさせる場面を見てしまったというところだろうか・・・。

 風習を因習と言うなと怒られる

 大事にしてきた風習をわたしが勝手に因習と言ってはいけない。そうか、あんなに変なことしてても、風習なのか・・・。ねえ、夫よ。霊スポットのたぐいは信じないくせに、すでに先祖の霊がいる事を前提としたこの、先祖の霊へのフレンドリーな対応をどう理解しろと??

 まあ、これは。
 
 感想、と思ってほしい。
 お盆が近づくと、最近、色々考えてしまう施設育ちなのだ。 
 

|  養護施設を出てからの問題 | 08時48分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/678-326fb5aa

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。