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施設内リンチの軽さと家庭内虐待の重さと

 施設育ち自身が施設で虐待を受けたと言えない事の多くの理由が、施設で虐待があってもその先の保護場所がないからだ。
 
 家庭で虐待を受けた子の場合、もし見つかれば児童相談所で保護され、さらに施設へ保護される【(ケアがけして十分でなくとも】。

 心理的に両者はかなり違うものとなっているだろう。養護施設という同じ屋根の下に住んでいたとしても、家庭虐待から保護された子は、保護体験によって、保護された意識をどこかに持っているから、施設職員が養育的でなくても、自分の話を一時聞いてくれば間に合うのだろう。救われた体験を得た事で・・・。

 でも気付いたら施設しか知らず、団体生活の厳しさの中で生きていて、そこから逃れることも知らずに、ただ生きていた施設全部育ちは「保護された感、救われた感」が何処にもない。

 そりゃそうだ、愛着の問題を抱えている子は、施設職員がいっとき向き合ってくれたら、それで愛着の問題は解消されるわけじゃない。虐待受けた子には集中的に付き合う時期があれば良いけれど、捨てられた子に必要な関係とは期間限定な関係じゃない。

 養育と虐待の治療は、本来必要とされる要素が違うと今なら言える。それに、乳児院・養護施設だけで育った為に愛着を与えられなかった子ども達は、大人になった時に、専門機関で愛着の治療が必要なくらいなのだ。よけいな問題を抱えさせられたものだと思う。

 でも施設改善ばかり世は叫んでいる。施設改善されて1人の職員に対する子どもの割合がいくら減ろうが、そういう問題じゃないんだ! という事が全然掘り下げられていない。無愛着児が施設内で漂流しているが、家庭虐待の子の大声にかき消される・・・。

 施設育ちの無愛着児童は、大人になっても少子化改善の要員となるのが難しい。
 
 家庭内虐待は絶対にいけないと言いきれるのと同じような重さで、養護施設内虐待も絶対にいけない、そして、その施設から安全な場所へ逃れられるような政策がほしい。

 職員達は多くの場合、家庭内虐待に対する怒りを示すけれど、施設内虐待については「施設が誤解されている」といって話題を避けがちだ。それが、わたし達施設全部育ちを育てた世界だと思うと、自分達は一体何なんだ・・・と思う。
 
 施設の子たちが児童相談所に駆け込んでも相手にされないイメージに負けずに、何度も何度も語っていきたい。ただその為には時々、自分の物事の捉え方を書いておきたくなるが・・・。

 

| ├ メンタル整理 | 10時04分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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