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子どもたちに必要なのは「家庭的処遇」じゃなく「本物の家庭」です

養護施設にいる間の問題

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 前回の記事の空っぽのギフトボックスの話を書いていて、自分が伝えたかった事は、捨てられた子ども達に必要な養育環境は「家庭的処遇」でなく「本物の家庭」なのだという事だったのだ・・・と気付いた経緯があるので、もう少し書いてみよう。

 家庭を知らない子が、規制だらけの施設の塀の中で集団の誰かが特別待遇をされないようにけん制されている間、里親家庭で育つ子たちは、施設の中でなら法律違反になりかねない個別対応を、対応や処遇などと呼ばれずに、家庭の子として育てられている現実がある。

送信者 Lei Pictures


 じゃあ、家庭的とは何だろうと考える日々だ・・・。



 「家庭的な女性」についての定義

 昔から夫は「家庭的な女性が良い」と言っていたが、わたしと結婚した事で「家庭的な女性とは何だ?」と改めて考えたそうだ。★まあ、自分の事をあまり語らず静かに生きてたので、わたしの事を勝手に貞淑で家庭的という印象を持ったのは間違いだったけど。

 彼は家庭で育ってきたのでごく一般的に深く考える必要も無く「家庭的な雰囲気」をイメージする事ができた。それは彼の母を通してだったり、隣の家のお姉さんの姿を通してだったり、彼が育つ中で無意識下に蓄積してきた一般家庭の女性たちのイメージでもあった。

 しかし、間違えて児童養護施設で育った女と結婚し、彼は「家庭的」というものを真剣に考えるようになり、わたしが、例えばいくら施設で「家庭的処遇」の中、育ってきたとしても、本物の家庭で育った彼には全く満足できるものでは無い事を意識させられたそうだ。

 それどころか、彼は施設育ちを見る事で「家庭で愛され育った女性」を「家庭的な女性」として位置づける事ができたそうだ。けして「養護施設全部育ちが施設の家庭的処遇で身につけたモノ」ではないとはっきり意識したそうだ。

 家庭と家庭的処遇は違う

 夫は「本物の家庭を知らず」に「家庭的とはこうである」と連呼する人は、愛されて育てられた事も無いくせに「愛とはこういうものだ」と当ても無く連呼するようなものだと知ったらしい。

 彼は今度結婚する事があるとすれば、家庭で愛され育った女性と結婚したいと断言している。そして二度と偽者の家庭的女性とは結婚しないと言っていた。
 
 この発言は一見すると、ずいぶんな夫の言い分にみえるが、夫としてオール家庭育ちとしてつくづく骨身に染みて感じている事だそうだ。わたしの出た施設は虐待施設としてSTOP!に掲載されているわけでもなく、単に施設であるだけという捉え方をしていた彼は、今まで「施設には虐待がなければそれで、代替家庭としては充分用足りている」と思っていたそうだ。

 しかし、それは全くの間違いであり、実際に施設育ちの女と結婚する事で彼自身が彼の日常を通して全く家庭のカケラも見えない日々の生活を意識させられ、「捨てられたこども達が養護施設だけで育つのは間違い」だと断言している。

 施設の塀の外をイメージできない

 養護施設で全部育った人間は、反面教師としての家庭も無いので、

 殴る施設と殴らない施設。
 職員が向き合う施設、向き合わない施設。
 家庭的処遇か、家庭的処遇でないか。

 という、あくまで施設の塀の中での処遇の事だけで終始してしまう。もう本人は社会で家庭生活を作らねばならないのに、家庭のイメージを持たぬまま、施設が良くなればいいと訴える。

 でもそれは、反面教師である悪い家庭すら知らず、悪い親象も知らずにいるのだから当たり前なのだ。イメージできる全ての世界観は児童養護施設の塀の中だけで構成されている。
 
 里親家庭で育てば、里親の姿を通して家庭のイメージが作られていく。悪い面と良い面とを家庭生活の中で学び、大人になった時に描ける家庭像の下書きになれる。

 養護施設で育った人は、施設がよくなればいい、施設職員が向かい合ってくれればいい、虐待さえなければそれでいい【虐待は当然いけません】などなど、全ては塀の中のことばかり。

 「自分の子を何処で育てるか」という意識

 わたしは、

 「養護施設で子どもが育つ現実というのは、家庭が機能しなくなった為」だと考えているので、まず何よりも最優先で目標として掲げる事は「子どもを施設へ捨てない決意」なのだと考える。子どもから家庭空間を取り上げないことだと考えている。

 もしそれでも子どもを育てる事ができないなら、子どもに里親家庭をきちんと見つけるのが親に出来る仕事だと思う。

 わたしは、こども達に必要なのは家庭的処遇なのではなく、家庭なのだと今では知っている。こども達の成長は待った無し。当ても無い生物学的親を施設で待たせず、里親家庭へ委託して欲しい。

 家庭を知らずに育った自分はこれしか望まない。
 
送信者 Lei Pictures

|  養護施設にいる間の問題 | 04時53分 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑














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