PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

再演:施設育ちとして顔出しする事のリスクについて

養護施設を出てからの問題

 関連記事:親への屈折した思いを持つ施設利用者と親を知らない施設出身者との超えられない壁

 「ワタシを見て」の誤用




 ------- カミングアウトの危険性-----------

 ある施設出身者の男性Aさんという人がいた。その人には子どもがいた。その人の口癖は「根性」だった。何でも根性で乗り切ってきたという方向違いの自負心があるようだった。

 しかし、その人の子は繊細な性格だった為、養護施設で根性で育てられた彼はイライラし、あろう事か、どんなイジメにも耐えられるよう、近所に自分自身が養護施設出身者である事をカミングアウトしてしまった。

 その結果、ただでさえ繊細な息子は心無い苛めや無視の危険性にさらされる事になり、奥さんは怒って実家に息子を連れ帰り、最終的に彼は離婚まで至ってしまった。

-------------------------------------------------------------------------



 ある施設出身者の例を出したが、奥さんの苦労がしのばれる。この男性出身者は保母が自分を見てくれない事に怒りを持っていて、わたしと保母を混同し、迷惑を掛けられた経緯がある。彼の場合は、オレを見て欲しいが高じて、注目を浴びるような事を繰り返しているようだった。息子に根性を付けると称して、結局は自分の出自を語ることで一家が注目される事になってしまった。

 ところでカミングアウトについてだが、わたしはこの手の話を嫌というほど耳にしてきたし、施設を出た事を隠して結婚している施設出身者も多い。わたしも隣近所に施設を出た事は言わないし、普段の付き合いの中で施設の事をおくびにも出さない。

 オール施設育ちは施設育ちである事がネックになっている。自分の首を自分で絞めるような事はできないし、姑からも「施設を出た事は言わないでちょうだい」とクギを指されている。

 最初は確かにひどい事を言う姑だと思ったが、姑は「世間」というものをよく知っているのだ。彼女自身が施設育ちに良い印象を持てないので、本気で心配もしている。

 今では「施設を出た事を誇りに思え」と言う施設職員の方がずっと、無責任だと思えてならない。たしかに施設職員本人は家庭で育ったのだし、痛手を蒙るのはその卒園生自身、あとは自己責任でカミングアウトする事になるのだ。施設を出た事を売りにして顔を出してもリスクばかり高くなり、自分がいらぬ情報を世間にばら撒くことで、自分の子が痛手を蒙る事になる。

 「向かい合って欲しいキモチ」の為に「施設」をツール化

 だからMariaの言う事は理解できる。hinataさんの事について考えてしまう事は、教育テレビなどでドキュメンタリーに協力するのは、それはそれでありだと思うが、しかし自分の結婚式の様子まで週刊誌に載せるのは彼女自身のプライバシーに関わる事であり、将来子どもの事も考えたなら、人事ながら心配になる。

 養護施設出身者が出身者として顔出しするのは、一般の人の顔出しとは全く違うリスクを抱えているという事を、姑のおかげで実感している昨今である。
 
 hinataさん代表の言動から感じる事はあくまで私見であるが、彼女は自分に向いてくれない親と共に長い間過ごしすぎ、今度は養護施設の大舎の施設でも欲求が叶えられず、その先、何処へ行っても彼女は自分に誰も向かい合ってくれなかった事の怒りを持っているんじゃないかと感じた。

 わたしは元々施設で物心ついたので、誰かが向かい合うシチュエーション自体思い浮かばなかった。だから彼女の持っている性質の課題は、養護施設全部育ちの自分が持つ課題とは全くチガウのである。

 でも自分の叶えられなかった欲求の為に何かを発言する時【わたしもそうだが】特に顔出ししている人の発言は無視できないものがある。わたしの本音は児童養護施設が無くなればいいと思っている。でも、家庭から虐待を受けて保護される場所が必要である事は理解しているので、その子たちの事を考えると、施設を無くせという表現を控えている。控えているが施設は要らないと思ってる。

 hinata代表さんが、捨てられた子ども達の里親委託の事に全く触れない事は、彼女の内面にある家庭へのハードルの高さを嫌でも見てしまう施設全部育ちのわたしがいる。

 向かい合ってという言葉を聞くと、わたしは暗澹たる気持ちになる。施設は施設でしかないのに、塀の中で何を向かいってもらえれば解決すると言うのだろう?と。

  里親家庭へ行きたかった。たった一人の子どもとして生きられたらどんな風なメンタルをゲットできただろうか?と、今でも夢にみる。わたしは親は取替えがきくと思っている。機能しない親にあてこするヒマがあれば、里親との固定された関係性を目指したい。

 小さな子どもたちへ、そして小さな子どもを育てたい人へ、里親家庭への道を示すことが、捨てられて養護施設で育ち切ったわたしにできる方法だと思っている。Mariaと共にこれからも発信していく。
 

|  養護施設を出てからの問題 | 07時32分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/726-1d434b12

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。