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児童票を通して見た子どもである自分への他者イメージ、その残滓

養護施設にいる間の問題

  児童票という他者イメージ




 後にも先にもこの児童票というテキストだけがわたしの真実の姿のように見え・・・その後、他の人がわたしの体験記を書いてもそれはすべて作られた偽のイメージのように見えてしまう。

 テキストにも原初というものがあるような気がする。後にも先にもわたしの真実はあの文章だったのではないかと感じていて、他の文章を受け付けることが難しいという状況なのだ。




 1つのシーン

 ※ 児童票は盗み読んではいけません。

 『 児はずるいところがある。他の子が怒られてシュンとしている状態なのに、児だけは割れたガラスを掃除して、一人で片づけをしている。その様子は自分だけ叱られることから逃れようとしているズルイ様子が伺える。この児の態度には問題がある。』

 わたしはこの他者から見るわたしのイメージを読み、実はじわじわとショックを受けたような気がする。職員はいつも何冊もの児童票を積み上げて、子ども達の部屋でそれを書いていたので、何を書いているか知っている子たちは「監視メモ」だとこっそり耳打ちしていた。

 わたしはそれを何処かで聞いていて、自分の事を何1つ知らないという事もあり、事務所に忍び込んで自分に関する児童票【他人には興味が無いので読んでない】読んでしまった。

 わたしはズルイ人間なのだと烙印を押されたような気がして、散乱したガラスのゴミのど真ん中でシュンとして怒られているべきだったのか・・・と思案していたような気がする。小学校低学年の頃に盗み読んだのだから、小学校低学年の頃の自分の態度を記されているのだろう。

 わたしはあれから、他人から自分の事を書かれる事に対して、妙なとまどいのようなものがあると知った。自分が自分の事を書けば全て正しいとは言えないけれど、せめて他の人から自分の様子を書かれるよりはマシだと思っていた。

 それから、わたしは、わたしについて書かれているテキストに対する激しい拒否と怒りを持っていて、それと連動するように、わたしについて説明できる人はわたし以外にいないという境地にまで至ったんだと思う。

 わたしは、テキストに恋をしているところがあると国語の先生から言われた事があって・・・テキストに恋?と鸚鵡返しに彼の顔を見て、そして、わたしはテキストについてはもっとずさんになるべきだと、自分のテキストへののめりこみ方を恥じた気がした。

 あれから・・・。

 わたしは自分の実像というものがわからないまま、自分の事について語り続けているつもり。わたしが書くわたしは一番実像に近いと思って、信じて、書き続けている。他者が語る間もなくわたしはわたしらしいわたしを語る・・・。

 わたしは、ズルくていやな児童であるという出発地点を持ち、今も生きているような気がする。少なくともクリスチャンとして、ズルくていやな態度をとる自分像はあまりに全てが瓦解するような気分だったのだ・・・。

|  養護施設にいる間の問題 | 12時50分 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

・・・と思います。

 おちゃさん、又レスしてごめんなさい。一言だけ。

 (子供の頃、私がズルくシュンとしてた事があったため)。

 家庭の子にとって親の気持ちに沿うよう行動するのはズルい事とは違うと思います。

 おちゃさんは小さな頃に、一生懸命だっただけだと思います。
 

| Lei@おちゃさんもズルくない・・・ | 2008/09/24 19:17 | URL | ≫ EDIT

理解不足でした・・・

お返事ありがとうございます。

わたしは家庭育ちです。集団生活経験もないため、勝手に家庭育ちの私のイメージでコメントしてしまいました。(子供の頃、私がズルくシュンとしてた事があったため)。

「集団生活」や「連帯責任」についても理解がたりなかったとちょっと反省しました。

この場合はシュンとしてる子もズルくはないのですね。

わかりやすく説明してくださり、ありがとうございました。

| おちゃ | 2008/09/24 00:06 | URL |

新・親記事を書きました

 おちゃさん、Leiです。

 新鮮なレスコメントをありがとう。

 でも一応、他の子たちの立場を想像するならば、

 養護施設では子ども達は常に集団の規則にそった行動を求められますので「この場合は」、怒られてシュンとしている子たちもズルイとは言えないのです。連帯責任の意識が身に付いているのですから。

 大人の気持ちに合わせた子ども達の態度ではなく、これは集団生活を行う上での最低限のルール・規則にに従っているだけだと思います。そこには情緒的なつながりはありませんので、大人の気持ちに沿う必要もありません、なので、そこには「命令と服従」のパターンが用いられると思います。【わたしの主観ですが・・・】

 となります。

 そして、「子どもが怒られている場面では、ただひたすら怒られているるべきと指導員は思っていたのだ」と推測しています。【推測の域を出ませんが】

 でも確かにMariaの言うように、安全意識の点では指導が正しいかどうかわかりません。【いや、間違ってると感じる】

 わたし自身がこのシーンを記憶していないので、何とも言えませんが、そのあたりの困惑やらは新しい親記事を書いてみました。

 自分の記憶に無いシーンの事で、しかも一度しか盗み読みしてないので、テキストの印象だけが残ってしまいました。

 その前に、基本的には、児童票は盗み読みすべきじゃないのです・・・。
 
 でも大人のわたしなら、こういう場面に遭遇したらどうしただろう?と考えてみたいと思います、この視点は、もう少し先になりそうですが。

 最後に、おちゃさんの「ムカついた」感覚をわたしも手に入れてみたかった・・・と、ふと思いました。わたしもわたしの感覚をちゃんと手にいれてみたいです。

| Lei@ズルイについて | 2008/09/20 07:23 | URL | ≫ EDIT

ずるいって・・・

お久しぶりでコメントします。

この場合の「ズルイ」ってあくまでもこの職員の主観ですよね。
私は、怒られてシュンとしてる子供の方が「ズルイ」と思います。
子供って大人が思っている以上に計算高いので、大人が望んでいる姿を見極め、そのとおりに行動して相手を満足させたりします。
シュンとすれば、相手が満足するってわかってるんですよね。
自分の希望にそった行動をしなかった子供を「ズルイ」と思う職員に対して、「なんて未熟なやつなんだ!」と思います。
「ズルイ」と言う言葉は、子供にとっては、とても重い言葉です。
子供が読むと思ってない書類にでも、結果、子供が侵入して読んでしまうくらい危機管理がなされていないのであれば、書いてはいけない言葉だと思いますし、その職員に対してムカついてます。

| おちゃ | 2008/09/20 03:34 | URL |

 Maria・・・うん

 職員は、割れたガラスが散らかっているのをほったらかして、子どもを叱りつけているわけ?

 ちょっとおかしいんじゃないの?


 わたしの出た施設の個性かもしれないけど、すぐに片付けずに、「自分達のやった事の結果を見せる」ようだった気がするの。

 掃除が足りなくて汚くなった場所とか、殴られた子が血だらけな姿とか・・・・。

 自分達がやった事の結果を見せて、自分達で考えさせるというか・・・。そういう教育方針だったのかな。
 
 だから、すさんだらすさんだままだったように思うの。殴られて血だらけのその子はすぐに手当てされてほしいのに・・・。わざと子ども達のやった結果を晒すというか・・・。
 
 Mariaの「おかしいんじゃないの?この人」という言葉は、わたしにとっては、風穴で救いのように感じられる時がある。

 この風景を子ども達に刻ませても、その後のフォローはどこにもない。だから自殺未遂の子の血もあまり片付けなかった・・・
 
 「やっても意味がない姿」として、洗面器に溜められた血がそこにいつまでもあった気がする。
 

| Lei@自分達のやった事を見せる | 2008/09/19 08:45 | URL | ≫ EDIT

割れたガラスはすぐに片付けるのよ

Leiちゃん、
この職員の安全の意識はどうなっているのかしら?

 職員は、割れたガラスが散らかっているのをほったらかして、子どもを叱りつけているわけ?
 ちょっとおかしいんじゃないの?

 あたしだったら、まず、割れたガラスを片付け、窓ガラスに段ボールか何かを貼り、安全を確保してからおもむろに子どもを叱ると思うの。

 テキストから受けた印象は、あなたはガラスが割れたことへの責任が感じられないから、職員が叱っている場面で、自分が対象になっているとは思わずに掃除を始めた印象があるの。
 ところが職員は、誰がガラスを割ったのか特定せず、そこにいる子ども全員を叱責の対象としているため、ひとり掃除を始めたLeiちゃんを、責任逃れをするために掃除をしていると邪推したのね。
 施設では、いつも「連帯責任」を負わされるから、誰がやったかなんてどうでもよくて、いつもまとめて叱っているのよね。

 あたしも、いつも、「危ない」と思って真っ先に割れたガラスを片付けるタイプだから、Leiちゃんの掃除を始めた気持ちがわかるの。

 それにしてもこの職員、かなり危ないタイプね。まあ、人間性に問題のある人も、職員というだけで子どもを支配できるのが養護施設なんだけど…

| Maria | 2008/09/19 07:28 | URL | ≫ EDIT














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