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古い本:「大草原の小さな家」も絵に描いたモチでしかなかった

養護施設を出てからの問題

  現実味の無い小説の中の家庭像

送信者 Lei Pictures




 わたしが「家庭というものが判らない」というので夫が怒って、わたしを育てた筈の児童養護施設へ当時の職員に2人で会いに行った【実際は強引に連れられて行った】事がある。夫も「家庭が嫌い」という問題じゃなく「家庭が判らない」と言われた時点で混乱したらしい。

 夫は家庭育ちなので、嫁を育てた施設から事情を聞こうと思ったのだと、今なら理解できるが、わたしには全くない発想なので「養護施設は関係ないよ」と当時は言っていた気がする。

 しかしこれは、半分正解【施設で育った】だけど、半分は不正解【社会に出たら自己責任】なので、わたしはひたすら夫の発想に驚いた覚えがある・・・。

 応対した男性職員【誰だっけ・・・】は言った。

 「あなたは図書室にあった大草原の小さな家のローラに自分をなぞらえていたじゃないないか」と。まだ廃棄処分にされてない児童票にそう書いてあったのだろう。職員は覚えていないと言ったり、覚えてるような態度を示したり一貫してなかった覚えがある。


送信者 Lei Pictures


 確かカビくさい本だった気がする・・・。養護施設には古い本しかない。アメリカの開拓時代の一家の話で、丁度読んだ頃の年齢に近いローラという女の子に興味津々だったような気がする。でもアメリカだから当然のごとくプロテスタント系だったので、少し距離を置いて読んでいたような気がする。はすに構えるという感じ?
 
 わたしは宗教的になればなるほど家庭的なものを排除する傾向があるので、ローラの話は途中で読めなくなった覚えがある。

 でも男性職員はわたしに言った。
 
 「よきクリスチャンとしてのお父さん【名前忘れた】と貞淑で知的なお母さん【名前忘れた】に憧れているように見えたけれど、あれは嘘だったの?」

 「?【答えようもない】」わたし。

 嘘もほんともあるものか。養護施設の限られた情報源の中で、図書室にあるのはプロテスタント一家のお話か、さもなくば、抵抗勢力のように共産圏の匂いただようなもの、またはドイツ系のやたら悩みまくる青年の話しか無いじゃないか!【怒】と思ったものの・・・

 今思えば施設における図書というものの傾向として、妥当な線が決められていたのだと理解した。この枠の中の情報だけで子どもが判断した事は、今となっては陳腐化も甚だしい。

 わたしは「大草原の小さな家」の家庭像にはピンときていない。わたしの中にある感覚的なものとしては、わたしの感覚にある宗教になればなるほど【日本的表現をするなら】浮世から離れていくしかないのだ。

 わたしは家庭がわからないだけじゃなく、宗教と家庭が親しみやすい状態で同時にある姿もわからない。神をそんなに近い存在だと思った事がないので、彼らの感覚を恐ろしくさえ感じた。

 それ以上に「本の中の家庭像は絵に描いたモチ」でしかなかったという事を、施設職員達は理解できていないと思った。本をチラッと読んだだけで、施設全部育ちが家庭というものを理解できると本気で思っているのだろうか。

 体験した事もない家庭を、小説を100冊読めば理解できるようになると言うのだろうか。でもその時夫は、職員の言葉に納得し「本当に困ってるんですよ【笑】」と言い、男性二人で談笑を始めた。


 なのでわたし一人変わり者として、そこに残され、夫には家庭が判らないと言い辛くなったゆくばかりだった。絵に描いたモチのような、小説の中の家庭像として、赤毛のアンについても、同じ思いを持っていた。

 体験した事のない家庭を、体験的見地で書かれているのを読んだからといって、すぐに理解できると勝手に推測するのは、家庭育ちの施設職員の限界だなとあの時、漠然と思ってた。

|  養護施設を出てからの問題 | 08時45分 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

昨日も電話に出なかった…

昨日も、仕事帰りに電話したのよ。

| Maria | 2008/09/26 06:56 | URL | ≫ EDIT

家庭は根性では理解できない

 Maria、わたしは・・・。

 家庭を知らない事だって「根性で理解すれば大丈夫!」とほざいてたの。
 
 こんな事言うわたしに危機感を持った夫が、とりあえず施設へ連れて行ったのも当然だったんだ。でも結局は「担当じゃなかった」と言われて、誰も責任者じゃなかったので・・・。

 Mariaはサザエさんを見てたのか。サザエさん・・・って日本人ならみんな見ているようなお茶の間雰囲気のアニメだものね。

 あ、そうだ。

 Maria、電話に出そびれてごめんね。tape起こししてたの。耳が足りない。

 滑舌のイマイチなおじさんの言葉を拾うのに、非常に時間が掛かってるの・・・。

 なんだかカラオケでマイク放さない上司みたいで・・・。

 いや、基本良い人みたいなので拾うのをがんばりますが。
 

| Lei | 2008/09/24 19:31 | URL | ≫ EDIT

「家庭が判らない」ということが判らない家庭育ちたち

Leiちゃん、

 あたしの家庭イメージも、永遠に年を取らないサザエさん一家のイメージなの。

 夕食が終わった後の自由時間に、食堂で大勢の子たちが見ていたわ。サザエさんは、職員が見ることを許す番組だったの。

 時間の止まった家族、いえ、永遠に成長の止まった家族であるサザエさん一家を見ていると、人間が年取って死んでいくいく存在であることさえ気づけないの。

 彼にそんな話をしたら、「サザエさんで家庭を勉強?」と絶句していたわ。

 でも、テレビ視聴にも、外から持ち込む本や雑誌にも検閲のかかる施設では、数少ない「家庭の情報」だったの。

 彼は、サザエさんのメロディを聴くと、「明日から学校か」とブルーになるというの。でも、あたしは、明日から学校だと思うと、週末を生き延びた気持ちになるの。
 ずっと施設にいなければならない週末の終わりを告げるメロディでもあったの。

 話が逸れたけど、「家庭が判らない」ということが判らない家庭育ちが大半なのよね。
 そして、虐待家庭から来た施設中途入所者たちも、機能不全家庭ではあるけど、当然のように、家庭イメージを持っている。

 家庭で判らないのは、オール施設育ちだけ。あの高荻市長になった草間さんでさえ、松下政経塾の論文は、施設を改善することばかりだったわ。
 子どもたちを里親家庭に出せば問題は解決するのに、海外の里親家庭の良さを、どう施設に反映させていくかの論文ばかりだった気がする。今思うと、バカみたいだと思うの。海外まで出かけて、これほどのエネルギーを使って、見当はずれの論文を書くなんて…

 いま思ったけど、草間さんも、実は、「家庭が判らない」施設育ちなのかもしれない。
 ひょっとして、高荻市の家庭支援策って、施設を作ることになりはしないかしら…
 話が逸れたわね。

| Maria | 2008/09/24 06:58 | URL | ≫ EDIT














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