施設だけで育った女子は女性のライフプランが見えない
家庭が判らない事の問題の直接の影響を受ける人は、施設育ちと結婚した相手の人である。結婚相手から期待される事どもの中で、何とか自分の中で問題化しかかっている幾つかの羅列。
おそらく施設児童・施設女子ではあったが、娘であった事は一度もない。女子は無力で集団の中に属する顔のない者たちであり、男子も又、息子ではなく単に男子という一塊。児童ではあったが子どもではなかった事に似ている。
ライフプランの見えない生活
施設では保母は母親としての役割を示していない。男性指導員が父親ではないのと同じで、学校での教師と対して印象は変わらなかった。
女性は、その女性性に応じたライフプランを立てて生きるものだと知らなかった。赤ん坊を見た事がないのと同じように年齢を重ねた女性を見た事がない。女性は何の為に生きてるのかも判らなかった。自分の性の意味がよく判らなかった。施設では自分をボクと表現する女子も多かった。
女児が最後はおばあさんになり人生を終えるという姿がイメージングできない。外で年齢を重ねた女性を見かける事があっても、いつか自分も年を取るとは思えなかった。人生の先が施設退所と共に途切れていた。
いわゆる、女の人の人生の何が幸せな事なのか判らないのは、女の人にとって何が不幸な事なのかも判らないからだと思う。
勝手に女性、母になるのではないらしい
世の中の人は、教えられなくても女性が勝手に女の子として育ち、女性になり、教えられなくても母親になり、生涯を終える事ができると簡単にいうけれど・・・それは家庭で育っている事が前提なので、言葉としては省略されているだけなのだ。
「家庭で育つと、母親の良い見本も悪い見本も受け取れるので、女性が家庭人として求められるものを大人になるまでに取捨選択し、整理してゆける」と今では理解しつつある。
問題提起としての意識
一度も家庭で育った事がないので家庭が判らない、家庭を築けないという事を問題提起しなければ、乳児院・養護施設だけで育つという事が終わらない。男子についても父親像を知らないのだから同じ理屈だろう。
ただ女性の方が家庭での役割負担の比重が重いので、どうしても家庭人としての即戦力として期待されてしまうという部分。その為、女子の家庭能力が全く育っていない事が目立つのだと思う。
一応、分解して考えてみた。
| 養護施設にいる間の問題 | 04時19分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

























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よろしくお願いします。
ところで里親家庭の必要性を訴える理由の一つとして施設だけで育つ事の問題を書いていますが、最近は施設育ちといっても家庭を知っている人が多いのも事実です。
買い物も料理も一度もした事のない施設出身者は数が少ないので、少数意見となります。なのでそれをもって施設の子でも家事をできると言われても「そうでしょうね」としか言えません。
わたし達の主張に異論があれば公開でお願いします。
| Lei | 2009/06/09 23:32 | URL | ≫ EDIT