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「育てられない子」も「育てない子」も養護施設で育ち切っている

養護施設にいる間の問題

 遺棄児童の事を書く傍らで同時に気付くこと

送信者 Lei Pictures


 今わたしは「捨てられた」という言葉について考えている。

 乳児院・養護施設全部育ち、及び、児童養護施設長期入所児童【10年以上】施設で育った子にとって「親が育てられない/cannot」という、あたかも親が「泣く泣く施設へ預けたというような」イメージングと言葉によって、実質的にすべての子ども時代を施設で育った事を曖昧にされている事を問題視している。



 ・・・・このような子ども達も「捨てられた子」だとわたしは思っている。それなのに延々と「待たされ続けている」のだ。まるでヘビの生殺しだ。

 「親のいる子」とされ待たされ続けている子ども達

 「親のいる子がほとんどですよ」という言葉、度々施設の職員から聞かされるが、最も手っ取り早く扱えるテキストとして辞書登録してしまう事をわたしは拒否する。

 普段わたしは乳児院への遺棄された子について語っているけれど、それと同時に深刻なのは、親がいる子とされ、なおかつ、時々親の影が見え、時には面会にやってくるかもしれない「自発的に親の態度を取ろうとしているように見える、施設に預け切った生物学親」がいる子たちの事も、家庭を全く味わった事がないという点で遺棄児童と同様に、家庭を体験した事がない点で問題であると思う。
 
 そのような子ども達は、親を無条件に慕っていると【勝手に】位置づけられ、子どもが児童養護施設で全部育っているにも関わらず「待たされ続け」「居る子」とされてしまった。

 なので、わたしもいわゆる「生物学的親が生存している事をもって」親がいる子とされていたであろう「待たされ続ける子どもたち」の事を考えた結果、わたしもわたしの心に叶う言葉を発していきたい。

 何故ならわたしも「いる子」であり「待つ子」として養護施設ですべて育ち切ったのだから。

 わたしは、生物学的親の都合など知った事ではないと改めて思う。親が「育てられない」であろうが「育てる気がない」だろうが、乳児院・児童養護施設ですべての子ども時代を生き抜いた子どもにどんな関係がある?子どもにとっての現実とは、子ども時代を誰にも出会えなかった事ではないか。

 遺棄された子、捨てられた事で長期入所児童になった子らの子ども時代は、すべて乳児院・児童養護施設で育ったことゆえの問題を抱えているのだから、子どもの側がいくら考えてもどうにもなるものではないと思っている。

 遺棄児童と、捨てられているのに待たされている児童【10年以上入所児童】 の事も里親家庭へと切に改めて発信していきたい。

 養護施設のキャンペーンに考えもせず乗らないで、おかしいと思う事をおかしいと言い続けたい。親の影が見えようが、面会がたまにあろうが生きてようが、どんな違いがある?施設の檻に時々、手を入れて満足するような外部の人間の手を信じる事ができるというのか?

 子どもを育てるつもりがない親をいたずらに待たせず、里親家庭への委託を勧めてほしい。【しかしこの段階で重度の愛着障害(無愛着)になっている可能性がある事を覚悟する必要があるが・・・】

 最後の最後に施設を卒園する時に、結局誰も迎えに来る人は居なかったという自分の存在を意識させてはいけないと、大人となった施設全部育ちのわたしは心から思う。

 以上

| 気になる記事のCLIP2008 | 11時12分 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

実親さんについて

実親さんの捉え方は、人それぞれではあるとは、思います。
実親さんに、希望的観測を持つのは、当然だとは思います。ただ、
施設に頼ったということは、いちにちふつかで引き取れますという状況ではないはずで、長期施設になる可能性は高くなると思います。
障害の有無を含めて(発現が少し育ってみないとわからないとききますが)里親さんの覚悟を大変強いることではあります。ギブアップでまた施設に送り返すのも、子供には大変な罪なことだと思いますので。
そういう意味では、マッチングは心していなくてはなりませんが、最初からハードルを高く、先入観もって
しなくてもいいようには思います。
たぶん、その辺にも、公的機関の消極的な傾向の理由があるようにも思います。里親希望さんの考え方気持ちが、どれだけ児童相談所にとどいているのかは、とても疑問です。
みんなでがんばりましょうね。

| おず | 2008/10/09 12:01 | URL |

コメントをありがとうございます

 わたし達は、里親家庭へは、ゼロ才児で委託されて欲しいと望んでいます。愛着障害の中でも、複数の人々がいる環境にセットされた脳は、容易に固定された相手へセットし直せないから、大変な労力が必要なのだと感じてます。
 
 おずさんのような里親の方も、「いわゆる実親がいる子」でも、委託されて欲しいと思っているのですね。
 
 その点は、大事な部分だと思います。親が存命なだけで、委託が難しいなんて、捨てられた子も里親さんも、お互いに待ちぼうけですね。

 これからも訴えていきたいと思います。ありがとう。

| Lei@おずさん、はじめまして | 2008/10/09 05:12 | URL | ≫ EDIT

亡霊のような親

委託を待っている里親は、たくさんいます。本当に、遊びに来てたおばちゃんちになってしまっても、いいから、(実親がお迎えにきてくれて)里親という受け皿がある以上、せっせとマッチングしてくれれば
いいのにと思います。そうすれば、愛着問題や、長期施設問題は減るのに・・・施設の補助?金確保に影響あるのかな?あんまり、ごちゃごちゃいうと児童相談所に嫌われて、ますます、委託がこない気がして、強くいえません。

| おず | 2008/10/08 15:37 | URL |

来ない者を居る者とされる不思議

 来ない者を居る者として待たされることの不思議を考えてるよMaria。

| Lei | 2008/10/06 07:31 | URL | ≫ EDIT

待たされ続けた子どもたち

 Leiちゃん、
 あたしの親は精神分裂病だし、治癒の見込みが無かったようだし、「育てられない」というよりも、「育てることが不可能」だった思うの。

 だいたい、施設の子にはほとんど全て「親がいる」の。ただ、行方不明か、刑務所に入っているか、精神病院に入っているか、再婚して引き取る気はないか、貧乏で育てる気がないとか、ありとあらゆる理由はあるけど、「親がいる」のかほとんどなの。

 それを、施設職員や児相職員は、里親家庭に出せないことの最大の理由であるかのようにいうの。

 そして、子どもは待たされ続けるの。さんざん待たされて、結局誰も迎えに来ないで、施設を出て行くの。

 でもね、先進諸国では、子どもをいたずらに待たせて、子ども時代を無駄に育たないように、家庭復帰と平行して平行して里親委託を進めると聞いたわ。

 1年間にたって家庭復帰が難しかしければ、平行して進めていた里親委託を長期に切り替えるのね。

 誰も迎えに来ないで、1人で養護施設を出て行く子どもたち…

 まるで、子ども時代の懲役を終え、迎えに来るものもなく、看守に見送られて1人出て行くの。見知らぬ世界にたった1人で…

 「もう来るんじゃないぞ」と看守が言うまでもなく、二度と帰ることはない子ども時代。でもね、そのまた子どもが懲役刑に処せられる。世代を超えて、連綿と続く懲役地獄…

 「ご先祖様」が悪かったのかしら? って、誰が「ご先祖様」かも知らないのだけど…

 里親さんたちにがんばって欲しいわ。

| Maria | 2008/10/05 23:25 | URL | ≫ EDIT














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