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児童養護施設では共感する力が身に付かなかった

養護施設にいる間の問題

送信者 Mariaのストリート通信


 わたしは今、色々あれど3人の人と同時に絆づくりを行っている。その中でわたしが最も苦労している・・・いや、周囲の人が苦労している事柄の1つに共感、共有感覚が持てない事が筆頭にあげられると思う。


 
 特に家庭で育った夫は相手から共有感覚と共感を確認したいので、時々、気に入らない事があると「オレを放っておいてくれ」と言い出し、彼の悲しい気持ちに共感が持てているか試されてしまう。でもわたしは、言葉通りに捉えるので、彼を文字通り放置してしまう。

 MariaとWolfは異口同音にそれぞれ、わたしが「どうおかしいか」を教えてくれるが、二人は施設育ちなので、わたしがこのように何の共感性も人に持てない事も理解している。しかし理解はしているが、大事な人を傷つける癖なので修正を求められている。

 このように一人の家庭育ちと二人の施設出身者との同時進行の絆づくりは、今までわたしの人生にはなかった事である。

 そこで急に、自分を生んだ生物学的親が「泣く泣く施設へ入れた」と彼女のケースワーカーに言ったらしい事に思い至る。彼女は完璧に家庭全部育ちなので、施設へ入れっぱなしのわたしに母親としての気持ちを「判ってもらいたい」と思う癖が身についている事が判った。自分が施設へ子どもをいれた事は棚に上げて、自分の気持ちを理解してもらう事を優先しているところは、夫の親と少し重なる部分がある。

 施設で集団生活をしたら共感が身に付くか?

 そこで、どうも家庭育ちの人はわたしが児童養護施設で集団生活をしたから周囲の人を思いやれる共感性の高い人間だと勘違いしているのではないか?と思い始めた。

 何度か過去に書いてきたがわたしが所属していた児童養護施設の集団に共感性を持つ、共有感覚を持つという事がどんな事かを考えれば、施設の粗野で野卑【Mariaが施設の虞犯少年や職員をそう表現する】な子ども達に共感を持たずにきた、自分の気持ちを説明できるように思う。

 元々が愛着を作れない環境で乳幼児時代を過ごし、今度は児童養護施設で怒りを抱えた少年達に共感を求められるとしたら、集団から距離を置かざるを得なくなる。

 子ども同士の育ち合いをうたう前に、その場にどのような子ども達がいるかを考える必要があると個人的に思う。お互いにいたわりあい、励ましあいという言葉も、前提条件がないので亡羊としすぎている。

 わたしは個人的な出会いを通して共感性を身に付けたい

 今わたしは、わたしの態度が伴っていない事は判っているが、とても大事な人たちがいる。この増えもせず、消えもせず、流れ去りもしない対象者をきちんと捉え、彼らだけの為に共感性を育てていきたいと思う。

 とりあえず、以上 

 

|  養護施設にいる間の問題 | 08時12分 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

里親制度進める立場として

 おずさん・・・。わたしの発言に対してのリアクションに感謝します。

 機能不全家庭の問題は施設全部育ちの自分の問題ではありませんが、里親家庭を勧めるわたしとしては、乳児院から委託される里親家庭がどのような家庭であるかをきちんと考える必要があると思っています。

 あなたに、そんな整理が必要ないのでしたら、それでいいのです。委託された子どもが振り回されるのは困るだけです。

 その意味で答えました。仲良くしてやんないとか、そのような問題ではないのです。大人として子どもが育つ環境を考えていきたいだけです。

 
 

| Lei | 2008/10/17 07:30 | URL | ≫ EDIT

言葉の使い方がまずいようで

Leiさん御指摘のように、言葉がまずいのだと思います。といいながら、書くしかないんですが・・・
ひとつひとつの私に向けられた事柄に対して思ったのでは、ないのです。そうですね・・「差別」イコール「人種差別」のような感じで表現してしまったのですが、排他的というのかな?仲良くなんかしてやらない!ってバリアみたいなかんじを受けてしまったので、悲しかったわけです。なぜ、そう思ったかということの説明は、自分でもよくできません。また、そういう私の感情も不可解におもわれるのかもしれませんが・・・悲しいから何かを直してよっていうんでもありませんから。
私は、機能不全家庭の定義がわからないので、それを論じることはできないし、ここのテーマとも違うと思うので、その話はすみませんがお答えしかねます。ごめんなさいね。

| おず | 2008/10/16 19:26 | URL |

何故差別という言葉を使うの?

 
 おずさん、わたしはMariaじゃないけれどとても気になったので・・・

 Mariaさんに、施設育ちじゃないからって差別されてるみたいでなんか悲しい。しかたないのかな・・・

 何故あなたは、Mariaから差別されているという表現を使うのでしょう。

 彼女は単にあなたの言葉に不快を示し、態度を表明したのだと思います。

 「施設で育っていない事」で差別する必要が何処にあるのでしょうか。

 ・・・というか

 これは「差別」という言葉が発生するようなやりとりではなく、お互いにそれぞれ、書き込みに対して意思表明をしているだけではないかと思いましたが・・・。
 
 不思議な事を言うので難しいです。機能不全家庭の問題も、児童養護施設全部育ちの問題も、カテゴリは違うけれど、それぞれに整理すべき問題ですと、彼女は言っているだけです。

 又、彼女が機能不全家庭からしら?と言ったのは差別のつもりではなく、自分の過去の育てられ方の整理をしてるのかしら?という意味だと思います。

| Lei | 2008/10/16 09:16 | URL | ≫ EDIT

うまく伝えられないようで

不快な思いを抱かせてしまった感じがしてごめんなさいね。
施設で育ったことで大変なことがたくさんありそうだなってことは、容易にわかるのですが、家庭生活がおなじだとはさらさら思っていませんよ。ただ一個くらい同じように思うことがあるかもしれないと思っただけです。違うかもしれないし、あるかもしれないし、それすらわからないってのが正直なとこなので、ないのかな?って聞いただけです。ない!って主張されるのならそうなのでしょう。私は、施設に育ってはいないので、両方はわからないので、
今家庭をもって、どう思うのかな?
と思ったのです。だんなさんに(決定的に違う)といわれるものってなんなのだろうと?
Mariaさんに、施設育ちじゃないからって差別されてるみたいでなんか
悲しい。しかたないのかな・・・

| おず | 2008/10/15 18:20 | URL |

 おずさん、こんにちは。又機能不全家庭かしら(?)機能不全家庭で育った方は往々にして施設育ちの感覚を、自分達も同じであるかのように言います。もうこのブログや以前のHPで、そのような方は散々現れては消えて行きました。

 又かしら?と思わないでもありません。そもそも、施設で育っても家庭で育っても同じ感覚を持つのであれば里親制度なんて要らないし、あたし達も子ども達を里親家庭へとは主張しません。

 なので、家庭も同じだという書き方ははっきり言って不快です。もし、同じだと言うならどう同じなのかを言って欲しいです。あたし達は機能不全な里親家庭へ行かせたくありません。ぜひ機能不全家庭の問題も、施設と同じかどうかは別にして、提示して下さるようお願いします。

| Maria | 2008/10/14 17:59 | URL | ≫ EDIT

自分だけという思い込みではありません

 おずさん、

>ただ、ちょっと想像の域をでないけど、わたしなんかも理解できないことで、まあいいかになってることがあって、おなじく、Leiさんも理解できないと思っていて、理解できないのはLeiさんご自身だけだと思っているってこともないのかなあとも思うんですが・・。

 家庭を一度も体験した事のないオール施設育ちが、大人になり家庭生活への導入が困難であるという問題を、単に家庭の何かが分からないのはわたし個人の思い込みという話にはしたくありませんし、分からないのはわたしだけとも思っていません。養護施設全部育ちの抱える問題なのですから。

 養護施設は家庭ではありません。オール施設育ちは家庭を知らないという事自体、本当は知らないのです。もう少しテキスト化を、具体的に出来ればいいのですが、あまり記憶が持たないので、抽象的な心情吐露しか出来ないのが現状ですが・・・。

 あと何年か書き続ければ、もっと具体的なテキストが書けるようになるかもしれません。ともかくがんばります。 

 

| Lei | 2008/10/14 17:15 | URL | ≫ EDIT

むずかしいねえ

こんにちは。言葉はむずかしいねえ。
結婚生活のすべてが不思議・・具体的にひとつずつつぶしていくしか
ないかも(つぶれない可能性大だけど)
?風船ばっかだよねえ・・・。
ただ、ちょっと想像の域をでないけど、わたしなんかも理解できないことで、まあいいかになってることがあって、おなじく、Leiさんも理解できないと思っていて、理解できないのはLeiさんご自身だけだと思っているってこともないのかなあとも思うんですが・・。

| おず | 2008/10/14 15:31 | URL |

よく言われる事柄

 おはようございますCheeseさん。

 気配り上手な方は、家庭で育った方にもたくさんいいますので、なにも施設の専売特許ではありません。・・・などと思いました。 
  
 わたしもそう思いました。何も施設だからこそ、特に気配り上手だとか、仲間意識が高いと思われてしまう事について、上手く反論できないながらも、違和感を覚えていました。

 わたしがよく会社の同僚などから言われがちだった事として

 「施設で苦労したからもっと人の気持ちが判るかと思った」

 「集団生活の中で労わりあって生きてきた人だから、優しい人だと思ったのに・・・」

 というような内容の戸惑いを見せられました。施設については、養護施設の健気な児童が助け合って育っているという印象を持っていたのでしょう。

 個人的に付き合うと、相手はわたしの感覚に対峙できず、上記のような困惑気味の言葉を投げつけてきました。

 共感性が無いという事の説明にも苦慮しているのに、仲間を労わる気持ちが育っているという一方的な感覚を持たれてしまう事に、よく遭遇していました。

 ありがとう。

 

| Lei@Cheeseさん | 2008/10/14 06:06 | URL | ≫ EDIT

家庭という前提のない日常

 
 おずさん、コメントありがとうございます。

 共感は、実体験に基づく部分も当然あるけれど、私はいろいろな本に学びました。想像して、素直に寄り添うだけです。

 家庭育ち同士ならば、育った養育環境の違いの為、相手の家の理念や観念的なものや風習に共感性を持てないというのが、日常の中にあると思います。
 
 その対処として本を読み、なるべく、相手から求められている共感すべき内容について想像していけると思うのですが・・・、
 
 しかし

 わたしは、何かもっと決定的に違う。と夫などから言われていて困っている次第です。その為、テキストを延々と綴っているのですが、到達感はありません。

 わたしは、本を読んでもわたしの想像に繋がりやすい説明や描写になかなか出会えなくて、なるべく自分の言葉で表現しているのですが、家庭で育った人も悩みそうなキーワードを共用する事も多いので、けっこう語り方が難しいと感じております。
 
 ただ、わたしは生まれて初めての家庭が結婚生活なのですが、全てについて非常に驚いています。

  

| Lei@おずさん | 2008/10/14 05:49 | URL | ≫ EDIT

Leiさん、こんにちは。
わたしも、施設で「共感」という感覚が育たなかったかつての子どものひとりです。
「共感」という感覚は、乳児と養育者の関係に根ざしているのではないかと考えています。
この人がいなくなったら、自分は死んでしまう。だから、このひとが悲しいと、自分も悲しい・・・というような心の流れを想像しています。その心の流れを、養育者だけでなく、友達に、恋人に、知人に、道ですれ違った誰かに、拡散・拡大していくことで人とのかかわりを円滑にする感覚。
施設ではどうしたって育ちようのない感覚だと思います。
いなくなって困る人などいないし、実際に人がいなくなり続けるのが施設ですから。
いちいち困っていられませんし、実際に困ることもありませんでした。
私は、大人として、共感しているように見える所作だけは身に着けましたが、心から共感するがゆえに発露してしまう動作はとてもぎこちないものです。
共感されることを受け取るのは、もっと苦手です。
施設で、周囲の見知らぬ人間に気を配る感覚が育つという「ポジティブな評価」というのは、共感性とは関係なく、単に、外部の全方向にセンサーが向いてしまいがちな施設の子の習慣に根ざすものではないかと考えています。
気配り上手な方は、家庭で育った方にもたくさんいいますので、なにも施設の専売特許ではありません。・・・などと思いました。

それでは。良い休日をお過ごしください。

| cheese | 2008/10/11 14:43 | URL | ≫ EDIT

あくまで私のおもうこと

人への共感がとっても、問題になっているようだけど、文章だけで読むと、私のまわりでも、ごく日常的に
共感不足はおこります。配偶者に対して、ほっといてを、そのままうのみにするケースや、母親が、子供に自分のどんなにおもっているかわかって!自分のしたこと・していることを棚にあげて、というのとか・・思うに、
共感は、実体験に基づく部分も当然あるけれど、私はいろいろな本に学びました。想像して、素直に寄り添うだけです。本当に、完全な共感は、とっても、難しいことだと思います。ひとりずつ固有の人間である以上・・わたしは、(実際にやったことしかわからないし、気持ちもわからない。わかったふりをするな。)と常に考える人とおつきあいしたことがありますが、(同姓です)共感は、(ふり)からも、はじめられると思うんです。分かり合うことの努力、想像でしかない。ぜったいそれは、自分は共感したくない。も、また、ありだとも思います。うまく、伝えられないですけど、とても、ご自分のことを、整理してらっしゃると、感心して、読んでいます。すごいなあと思います。

| おず | 2008/10/11 09:29 | URL |














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