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読書感想文:「津山三十人殺し」を読み終わって

読書感想文



 わたしの気になるテーマは「閉鎖社会」

 実は八つ墓村という言葉ってすごい言葉だなと漠然と考えていた。わたしは、この八つ墓村というネーミングにインパクトを覚えたのと同時に妙にリアリティのある響きをも感じていた。



送信者 Mariaのストリート通信


 そういえば昔読んだ「日本残酷物語」【書いてる今思い出したのでリンクできない】という日本列島を縦断するかのごとき、地域ごとにそれぞれにある闇の部分、その地域ごとで伝承化している出来事などを延々と集めて書いてるあるのを夢中で読んだ事を思い出してしまう程に、この本に描かれている、日本の村社会、山村社会で耐え忍んで生きてきた日本人の原風景というものが色の無い世界として、わたしの心に妙な重量感だけを残した。
 
 閉鎖された場所での事

 わたしは津山ではないけれど似たような世界で出生。あの頃施設を脱走した夜に、近所の庭に迷い込んだ。しかし近所の人は余計な事に巻き込まれたくないような印象だった。すぐに施設へ連絡された・・・本当はその地域を出て、もっと外へ走り逃げなくては行けなかったという気持ちだけが残っている。脱走の失敗、地域への不信がこの頃芽生えたと思う。今思うと児童養護施設の事は誰も触れない話だったらしい。

 その後・・・その後不夜城のような東京で育った。しかし、時々闇を祓う必要性も覚えない眠らぬ東京では、闇を意識する事は難しいと感じる事がある。

 その「八つ墓村」は映画になったり色々すごい事になっていたらしい。わたしは映画は観た事がない。本も読んだ事がない。しかし、タイトルネームだけが頭の片隅に残っているところへ、八つ墓村のモデルとなった事件そのものを扱った資料的な本を見つけたのだ。

 何故タイトルが気になるのか

 ・・・八人の落ち武者を何の罪も無さそうな朴訥そうな村人が、初めは保護し迎えておきながら、やがて追っ手の差し出した金銀に目がくらんで惨殺した事、その事を村人たちが隠し続けた事、やがて近代になり、ひとりの村の青年が人々を惨殺したという事。その出来事は古い呪いと関連付けられていたという事。

 それがこの

 津山三十人殺しへ至るこのムラの精神的源流なのだと感じた。でももしかしたらこれは筆者に何となく誘導されたのかもしれないが・・・。

 このブログを読んでいる方はわたしが「津山」という言葉の響きに促される癖があるのも何となくイメージできるかもしれないが、何故こうも「地方」がオープンではないのか、又、その地方の人全てが「何かを知っていながら隠している感じ」が抜けないのか。

 ・・・もう少しダイレクトに言うなら、誰の目にも明らかな養護施設の児童虐待が、何故こうも長い間秘匿されていたのかとか・・・という個人的な関心へも繋がるのだ。ある閉鎖社会で秘密を持ったまま耐える精神を持ちえる人々とは何なのか・・・。

 長い間養護施設虐待の事実が、地域の人の知るところであったのに語られる事はなかったし、ニュースで取り上げられる程になったとしても、地域の権力者の力が睥睨しているようなムラ社会の意識が、現代もその精神だけが脈々と流れているのだと感じられた。

 ただ乱暴に、地域性と秘匿性を定義づける事については、わたし自身の整理が足りないので、まだ未定義としておきたいが、その精神性は無視できないような気がする。

 大量殺人の血生臭さと現実感の無さと

 この本自体は資料&記録集なので淡々と読めると思うが・・・。ただ凄惨な状況が延々記録されているので、それなりの覚悟が必要と思う。その時代を背景にした緊迫感が感じられるし資料は感情に流されず淡々としているところが、わたしにはとても理解しやすかった。

 この犯人は阿部定事件を強く意識している。わたしは、やはり大量殺人犯は愛着が強すぎる人なんだなと思えてならなかった。振り向いて欲しい人が振り向いてくれない、裏切られた、離れたくない。

 わたしは、この犯人の気持ちが理解できない理由が理解できた気がして、もう興味を失った。一度読めば充分だと思った。無愛着だから誰彼構わず殺すのではないと知り、わたしのテーマじゃないと知った。

 だがわたしのテーマも意識させられた。「このような人」が現れ、人々を傷つけた時に、閉鎖社会を破り、全国区にしたいと思ったのだ。閉鎖社会で生きる人は、外からこじ開けられる事を嫌がっているようだが、外から見つめられている事を意識せねば、何でもありの世界であり続けてしまうのだ。

 バカの壁の1つかもしれない、閉鎖社会も。

 以上

 でも、読む本、暗いと夫から言われ・・・凹



 

|  わたしの本棚 つんどくリスト | 08時19分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

地方と都市部の感覚の違い

 わたしは地方の施設と都市部の施設を両方体験しているのだけど、地方の施設の方が、児童への体罰や厳しい叱責など、ある意味堂々とやっていたように感じている。

 都市部の施設はあからさまなやり方はしないと感じてた。

 地方の問題施設での悪びれない様子や、又、周辺の人々ごと巻き込んでの秘匿主義などなど・・・色々考えさせられた。

 もともとは本の題名の「津山」というキーワードに勝手に引かれただけなんだけどね。

| Lei | 2008/10/14 05:33 | URL | ≫ EDIT

http://gyakutai.yogo-shisetsu.info/cgi-bin/report/tsuyama-futabaen/diary.cgi

 この記事を読んで、津山二葉園の子どもたちが証拠までもって児相にいったのに、なぜ、児相も県も相手にしなかったのか判った気がするわ。

 津山「市」になったからといって、実態は昔の風習の残るムラであるから、子どもたちの訴えはムラの因習の中で黙殺されてきたのだと思う。

 津山30人殺しが起きた時代も、秋葉原大量殺人事件と同じように、「今時の若者は…」と当時の大人たちはつぶやいていたと思うの。

 Internetの時代になろうとも、人間というものは簡単には変わっていかないものだと思うの。

 でも、諦めたら、もっと変わらないと思うから、亀の歩みでも変えていこうね。

| Maria | 2008/10/13 12:48 | URL | ≫ EDIT














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