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家庭という世界は行った事のない国

養護施設にいる間の問題

 愛着という言葉を、念を押すように連ねれば、そのうち少しは想像できるようになるカモシレナイと思った事はある。




 しかし、そのモノを想像する為には元データが無ければどうにもならないと知った。行った事のない国旅行ガイドを読めばその数行や写真の範囲内で一旦は分かった気になるが、本を閉じれば結局は、頭の中から砂粒のように消えてゆく・・・。自分に備わっていないものを速やかに想像する事は実際、わたしには不可能だった。その不可能な部分を努力で補いきれるものでもなかった。

 わたしにとっての共感性の無さは自分の努力を超えている面も多く、努力で近づけてはいるが困難を感じている。


 


 固定された相手、養育者、担当、家庭的処遇の施設、家庭的・・・愛着関係、後追い、

 一度も家庭で育った事のない人にとっての、上記のキーワードは、何度念を押しても自分の感覚にならない。感覚を頼みにしたら何も身に付かない。本を読み、本の範囲のみの、一旦仕入れた情報以上のものにならない。想像の為の情報源になってくれない。

 わたしは時々、何度も何度も、愛着、絆づくり、家庭、という言葉を書けば書くほど、時々何について語っているのか、本を取り出したりブックマークを読んだりして、再確認しなてはならない。

 人の顔を忘れる事も、忘れない努力をしなくちゃならない。忘れない為には定期的に会わないとならない。でも、時々、試しに覚えているか挑戦したくなる時もある。人間はそんな簡単に人を忘れないらしいなら、わたしでも出来る筈・・・と。

 若年アルツハイマーの人は、少しずつ忘れていくらしいが、わたしはそもそも記憶が出来ない。いつまで経っても人間関係のデータバンクが空っぽである。

 電話で話していても、誰と話しているのか分からなくなる、誰でもいいのかもしれない、誰かが今だけ相手にしてくれているのだから、その事に感謝すれば、やがてちりも積もれば何とやら~なのか。

 仕入れた情報と理解は又別モノ

 行った事のない国旅行ガイドを読めば、行った事を想像できるかというと、そんな事はない。本に書いてある範囲だけでの把握のみ。しかし、一度しか行った事のない国旅行ガイドなら、書いてある数行の言葉の、それ以上を読み取る事ができるだろう。一度しか行ってなくてもゼロではない。

 わたしにとって家庭とは、絆相手とは、愛着とは、固定された相手とは、本に書いてある数行以上のものを想像できない、ただの記号にしか感じられない。文字列なのに見た事のない数式を読んでいるようなもの。

 家庭を知っている人が、家庭にまつわる数行を読めばその先が想像できるのは、家庭というものに触れた事があるから。家庭を体験した事がない人にとっての家庭というキーワードは、キーワードそのものが見た事のない数式の様なもの、だから、その意味を日常として生きてきた家庭の人から怒りを向けられるときがあるとするなら、理不尽な気もちが沸き起こる。

 わたしが施設の記憶を持って無くても、数行の施設がらみの文章を読んだだけで、それ以上を想像できてしまうのも、同じように施設という世界がわたしの体験に基づくものだから。
 
 わたしにとって、想像すらできない世界が家庭というもの。それだけではない。施設では、家庭虐待の子が次々に入ってきて、あまりに「家庭というモノに対するネガティブな印象があふれていた」ので、むしろ家庭という見た事のない世界は、行ってはならない世界のように感じてしまっていたように思う。

 わたしはとにかくそれらを克服しなくてはならなかったのだと思っている。

|  養護施設にいる間の問題 | 02時09分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

「ないないづくし」を語る難しさ

 おずさん、
 恐らく、

 家庭を分からない、知らない、愛着がない、愛着が作れない、

 と言われても、にわかにピンと来ないのだと思います。夫がそうですから。夫も家庭で虐待を受けた子の事は、すぐに想像できるそうです。

 でもわたしのようなタイプの、「ないない尽くし」というそうですが、そのような感覚は「空気のない世界」を想像するようなもので、「親が居ない、養育者が変わり続ける、施設を出れば自己責任」なんて世界は、全く理解できず、そこで育ったわたしが家庭が分からないという事も理解できないそうです。。

 家庭が分からないと言い出したのは、実はわたしが言い出した事じゃなく、ソウルメイトから、そのような事を指摘され続けた結果、根負け?して、その現実を認めたという事です。夫は施設育ちのソウルメイトから指摘をわたし越しに聞いて、なんとか納得したようです。

 ある意味、自分が先に発見するよりも、他人からの指摘で気付くのは惨めだしキツイです。わたしも大人だし、今まで自分なりに誰も居ないながらにがんばって生きてきた自負もありましたから。

 こんな、誰でも感覚的に理解できるとされている世界を知らないなんて、なかなか言えませんでした。

 わたしは家庭で育った事はないけど、家庭くらい分かる筈、と思い込んでいたのに、実際に生活してみると全て養護施設の再演だったようですから。
 
 そのようなわけで、当人語りが中心となっているし、具体的な体験記を書いてないので、何があったのか分からないと思いますが、何とか、書いていきたいと思います。
 
  
  

| Lei | 2008/10/16 05:32 | URL | ≫ EDIT

話をたくさん聞かせてください

いずれにしても、理解する糸口をつかむには、いろいろ聞くしか、私にはないので、へたくそなコメントはなるべくやめようと思いますが、読ませていただいて、わたしなりに、
いろいろ考えたいと思います。

| おず | 2008/10/15 18:37 | URL |














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