PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --時--分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「出来て当たり前」の圧力と対峙する

メンタル整理

 無愛着であると指摘された項目




 以下はザッとキーワードだけ並べてみた。主にWolfから怒りを込めて突きつけられてきた内容と思われるが、おぼろげにしか覚えてないので間違っていたら指摘ねがう。

 何年経っても親密にならないこと、人間の距離が差別化できないこと、求めないこと、誰でもいいという態度であること、わるい事をしても気にしないこと、わるい事の基準がないこと、約束を守らないこと、約束を忘れること、誰とでも勝手に約束してくること、人間の優先順位が付けられないこと、離れることしか考えないこと、共感性がないこと・・・。

 数え切れないほど多くの事を言われてきたが、なかなかこれらを修正できない。上記のキーワードについては、一般家庭で育った人ならば、まず子どもの頃には善悪の判断が付くように躾けられている項目だと思う。

 上記のキーワードは、幾つか重複している部分もあるが、大まかに感じる事は、誰でもいいという事ではないかと思う。殊更この人でなくてはならないという事ではないのだと思う。

 わたしは何もブログで無愛着な気持ちを語っているのではなく、もしかしたらリアル世界での表現の方がもっと熾烈なのかもしれない。だから彼らはいつも傷ついている事を教えてくれている。






 「出来て当たり前」の圧力
 
 そのような感覚を持つわたしと愛着を作ろうとしてくれているMariaとWolfはすごい人たちだと思うが、夫は、そんな3人のやり方を見て「言わなくてもすむような、当たり前な事を議論しなくては愛着が作れないなんて理解できない」と言い、愛着作りの為に整理作業をしようとはしない。

 家庭の人にとってはいちいち言語化するような話ではないのだ、愛着については。しかし施設出身者3人にとっては、議論しなくては自分の状態が全くわからず、ますます混迷するので、整理作業というものをしている。

 家庭の人である夫と施設育ちであるソウルメイトは、わたしに対する問題の把握の仕方も問題へのアプローチの仕方も全然違う。

 知識の有る無しに依存せざるをえない状況

 ただ家庭で育つと、全てが出来て当たり前になる。しかし施設育ちのソウルメイトは出来なくて当たり前からスタートさせてくれた。その時点で出来て当たり前のプレッシャーから開放された。

 今までは、出来ない事で悩んでいた自分としては光が感じられるような気がした。出来て当たり前、愛着があって当たり前、甘えて当たり前、全てを出来て当たり前という言葉にがんじがらめになると、時々施設の無味乾燥な、それでも自由に放って置かれていた施設時代へ舞い戻りたくなっていた。

 学んできた里親は、子どもが愛着を持たない事の知識がある。しかしたんに家庭で育ったままの里親は知識がない。知識の有る無しで、無愛着な里子への対応も変わってくると感じている。【知識というと大げさだが、無愛着な状態をサッと知っておくだけでも違うと言いたい】

 里親さんになっている人やこれから里親さんになろうとしている人が増えていくのはけっこうだが、子どもらしくない子どもが委託されたら、これはこれで本当に不調の原因になると、自分の事を通して身につまされるようになった。

 里親さんなら何でも良いとは思わない、特に無愛着児を前にしたら、虐待しない自信がある人は居ないと最近感じている。愛着があって当たり前と考えるタイプの人は特にわたしの文章は理解しがたいと思うし、理解したくないだろう。しかし、委託される子が愛着のある子ばかりではないと言っておきたい。

 以上  

| ├ メンタル整理 | 06時05分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














http://escapeorgoodfight.blog85.fc2.com/tb.php/761-54c9e419

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。