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「施設職員の老後をみたい」と言ったオール施設育ち

養護施設を出てからの問題

 成長と相対性

 夫が、親を「小さくなった」と感じるのは「大きかった」時代を知っているからなのだと思う。夫が休みになると「親はどうしてる?」と、心に去来するらしい。親を心配をするのも、わたしの知らない時代の夫の、親のスネをかじり続けた、子ども時代の自分を内心の深い場所で意識させられるからではないかと思う。
 
 夫を見てると、彼が充分親に甘えてきた過去が垣間見え、そして、姑を見てると身を削る痛みをものともしない息子への、これこそある意味、何かしら代償行為があったとしても、それを上回る親の想いがある事をを見せられてしまい、「勝手にやってちょーだい」と距離を置きたくなってしまう・・・。

 しかしながら、そこはわたしは嫁。嫁の責任と連動している家族システムに参加しなくてはならない。それはシセツ育ちじゃない嫁も同じように参加せざるを得ないので致し方ない。

 ともかく、
 
 わたしのように無味乾燥な女は、家庭育ちの結界の中では、何もすることがなく・・・何もうまく言えなくなるなあ・・・という事に気付いた。



 養護施設を出たばかりの頃、わたしは一ヶ月で職場を退職した。高校を出てすぐに路頭に迷った。数ヶ月間は記憶にない。その頃、次の職場までの間、駅やどこかの植え込みが生活空間だった。

 野良猫の森羅

 ○○駅のコンコースや、そこが夜になって閉じられると外の植え込みの中に身を潜めて朝を待ったのは少し覚えてる。不思議な事にいつも子猫がやってきた。子猫はどうして暖かい場所を知ってるんだろう。

 ある日、子猫が人間のわたしに温まりにきた。すると更に大きな猫がそれを見ていた。後ろの足の柄がそっくりな大猫が、じっと子猫とわたしが抱っこしあうのを見ていた。

 こういうのをなんと言ったらいいか知らないけれど、大猫の数日間の監視の下、やがてツボを得て、わたしはその大猫を安心させなくちゃいけない事に気付き、大猫の前で、子猫をなでるようになった。それまではあまりリアクションを示してなかった・・・。

 子猫はというと・・・鼻からスピーッ、ズピッ!と、不規則な寝息をあげていた。そしてノドをゴロゴロ鳴らしていた、わたしのような人間でも理解できる満足感・・・。でも少し調子の悪そうな・・・。

 すると大猫は、植え込みの向こうから少しだけ見て去っていった。

 数年後の獣医師の感想

 これは後で聞いた話だけど・・・結婚後飼っていた猫の主治医にその話【わたしの話はしなかった】をした時、「きっと大猫は人間の体温にお任せしたんでしょう。鼻のズピーッという音も鼻水のようなので体調が悪かったのでしょう。その大猫にとっては、あなたは里親ののようなものですね」と言われた。

 そしてさらに

 「親猫は子猫に一番必要なものが何かを森羅の領域でわかってるんですね」と言っていた。

 ・・・子猫に必要な事?

 子猫に必要なものは親猫だとは思う。わたしはあくまで「救急医療センターのようなもの」だったと感じている。でもそれは一時的な場所でしかなく・・・わたしという存在も子猫にとっては刹那の存在。

 人間の子は人間なのと同じように、動物もその親が必要。あくまで「エマージェンシー」である事、短期である事はわたしの中で最も深く理解できる事だった・・・。
 
 その獣医師はとても人情的なので、いつも里親を求む子猫の写真が貼られていた。あの時うまく言えなかったけれど・・・違和感があった。

 ところで・・・やっと犬猫里親名称への不快感と、この獣医との会話がリンクできた【遅っ】。あの頃は問題意識を持つ手前の違和感だけを感じていたらしい。

 そしてわたしが飼う猫の苗字はわたしの嫁いだ家の苗字と同じだった。わたしは子ども時代に一度も○○家の子として育たなかった・・・。いつも学園の子、園の子、シセツの子だったから。

 それは社交辞令

 しかしさて、児童施設の職員と児童はどうか・・・。

 「一度しか連絡を取った事のない元児童が”○○姉さんが年とったら面倒みたげるよ”と言ってくれた」とわたしに恥ずかしげもなく言った保母については、単なる社交辞令だと言ってあげたい。実はその保母、

 「何故か知らないけど、言ってくれたのよ!」と言っていたので、確かに何故か知らないのだろう。

 そう思った。「何故か知らないけど」と言った時の表情をみていてそう思った。

 そしてわたしは、その子はもう言った事を忘れていると思った。

|  養護施設を出てからの問題 | 07時58分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

結婚しない保母ばかり施設へ残る

 Maria、

 この話は、前後の会話や、話の状況を考えないとおかしいと思うの。あたしは、この保母が「独身の私には、老後を見てくれる子どもがいない」と子ども相手にぼやいていた何だと思うのよ。シセツの子は、目の前に相手に合わせるのは慣れているから、たんに社交辞令で「老後を見てあげる」といったのだと思うの。

 うん、保母として長くいる人は家庭的じゃない人で、管理的だけど母性的ではない人。

 だから施設に残っている保母に女性を感じる事は子ども達の方はないと思う。知らずにわたしもコピーしてるかもしれない。

| Lei | 2008/11/04 06:38 | URL | ≫ EDIT

Leiちゃん、
電波の届かない別荘(といっても、ムショじゃないのよ)にいっていて、音信不通になってごめんね。

> そしてわたしは、その子はもう言った事を忘れていると思った。

 この話は、前後の会話や、話の状況を考えないとおかしいと思うの。
 あたしは、この保母が「独身の私には、老後を見てくれる子どもがいない」と子ども相手にぼやいていた何だと思うのよ。シセツの子は、目の前に相手に合わせるのは慣れているから、たんに社交辞令で「老後を見てあげる」といったのだと思うの。

 親の介護する姿を見ていないし、老人介護の世界も知らないから、平気でリップサービスをすると思うの。

 でもね、施設の子のリップサービスを後生大事に抱えているこの保母も、どこか哀れだと思うわ。結婚して家庭を作ることができない保母は、子どもたちに、特に女の子に、女の人生のモデルを示すことができないと思うの。

 そういえば、あたしの施設のシスターも、神に人生を捧げて、女の子に間違ったモデルを示していると思うの。

| Maria | 2008/11/03 09:48 | URL | ≫ EDIT














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