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大人の発達心理:自分の無愛着に気付くキッカケと副作用的なもの

養護施設を出てからの問題

 しもやけを治療しながら思った事

Hail

 施設を出てすぐ(退所後一ヶ月くらい)に退職した為、外で暮らしてた事があった。後にフリーターにありついたが、外で過ごしすぎて凍傷が治らなかった。毎年の事という印象があるので構わないでおこうと一瞬思ったが、さすがに工場でのバイトが内定していたので治療の必要性を覚えたのだ。

 補足 :工場は危険な仕事が多く、安全靴という安全防止の作業靴が支給される。その為、靴の先(足の指のところ)を鉄板でガードしている。昼に近くなると体温が上がり、靴の中のしもやけの足の指が痛痒くなる症状が出る。鉄板が邪魔して、足指を踏んだり掻いたり出来ず、治療するしかなかった。

 なので、一番最初の社会復帰の為の自己治療は凍傷を治す事だった。なけなしのお金で買った凍傷の治し方の本には、不思議な事が書いてあった。

 ・・・たしか、



 「しもやけは冷たいままにしておくと痛みはないから楽にすら思える。しかし、この病気の怖いところは、痛みの感じられないままある日、手足が壊疽まで至り、切り落とさなくてはならない場合もある」

 「吹雪の中で自殺を図った人の多くは亡くなってしまうが、死に切れなくて助けられた人は常温の中に連れ戻されたらひどい苦痛と戦わねばならない(具体的表現はやめときます)」

 まあわたしの場合は単なるしもやけだったが、さすがにその自己治療は痛く痒かったし、お湯に足を付ける治療は不快だった。冬でもはだし同然だったのでいつの間にかしもやけになっていたが放置しておいたのだから今となっては当然と思う。

同じ社会的養護下というコトバ

 この世に誰もいない事の理由として生物学的親から捨てられたいう事実があった。この捨てられた事実は、時々里親・養親家庭における子どもへの真実告知の問題としてピックアップされる事からも、里親家庭では重要な位置を占めている。

 捨てられた事実という同じスタートラインに立つ子どもたちの少数の片方は里親家庭へ迎えられ、大多数の片方は全ての子ども時代を乳児院・養護施設で育ち切る。

 しかしわたしは個人的に感じる事だけど「施設の子も里親家庭の子も、同じ社会的養護の元の子ども達」とカテゴライズに伴う表現をする人がいると、自分の中にある、誰とも出会った事のない空気が吹き抜けるのを感じる。里親家庭へ行った子も・・・施設で育った子も・・・と。

 出会う事は虚無を知る事である

 家庭へ迎えられた子は、わたしの知る里親家庭を見る限りではあるが、捨てられた事実をその子の傷として受け取る里親がいるから、彼(彼女)は思春期に不良行為をしたり里親を困らせたりするように思う。親がその子の傷に手を当てるとその子はそこに傷がある事を知覚し、それは同時にその子を苦しめるのだと思う。親がその子に温もりを与えると温もりの無かった感覚を思い起こす。殴らない相手との接し方が分からない、自分を性的に扱わない人がいると自分の存在価値が危うく感じる・・・などなど。

 捨てられたに子とっての「出会い」は大変苦しく内面葛藤の強いものだと思う。しかし捨てられた事に気付かぬまま永久凍土の中をはだしで歩く子ども達の多くは温もりを与えられていないので苦しみさえ知らないままなのだ。

 自分一人だと、自分がどういう様子か気付かずに生きるもの。相手が出来てこそ自分が何かを感じている事に感じるようになる。その感じる心をどう扱っていいのか判らないという側面もある。

 わたしは時々、養子として育ちながらも里子と表現する人や、施設に2年ほどいて施設出身者と表現する人を見ていると、この人たちのコトバには、最も伝えたい相手が居るのに言えない感じが透けて見えるように思えていた。

 彼らが彼ら自身を「施設育ち」「里子」という立場で表現すればするほど、その人の出身家庭や、その人の養親家庭が更に強く見えてしまう。それは施設以外に行きようのなかった自分の目には不思議な光景なのだ。

 雑感まとめ

 養護施設全部育ちの子は無愛着だけれど、無愛着も一本筋が通って?いる。生まれた時から一人なら死ぬ時も一人と、その筋の通し方は大変間違っているが、生き方として他に選びようもなかった。しかしそれは間違っているので、生き方を変えなくちゃいけない、この作業をしていると施設を出たばかりの頃の凍傷の治療を思い出すのだ。

 相手がいるという事は、それ自体わたしにとっては奇跡のようなもの。まだ日常にはなりえない。

 

|  養護施設を出てからの問題 | 06時38分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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