人権と不衛生な環境と皮膚病と消毒液に漬け込まれるイメージについて
施設のカラー
さてわたし個人は、それぞれの施設にはそれぞれのカラーがあり、それぞれの施設の二箇所は宗教系施設であり、他の二箇所は恐らく地域の篤志家が山中に建てたものと思って【感じて】いる。合計四箇所くらいの施設を渡り歩いたと感じている。
そして、
一度目の施設をイメージする時、山中の人里離れた場所の施設という点で津山二葉園などを想起してしまい、二度目の施設をイメージする時、いくつかの宗教系施設に似ていると直感・感覚的に思う。これは体験的記憶によらずとも強い自分の感覚に基づいて説明可能。そして乳児の頃いた保育所のイメージ、これを原初的イメージとして携え生きていた【らしい】
上記の自己の感覚を踏まえてさらに考えてみる。一度目の施設は山の中にあり、子ども達はいつも何かしら白い粉のようなもので消毒されているイメージがあった。わたしは戦後とも言えない時代の子どもの一人なので、その山の中でされていた事については深く考える事もなかった。
今思うと、わたし達は常に消毒されていた。それほど不潔であったという事でもあり、さらに考えを進めるならその不潔な環境で集団の子ども達は山に隔離されていたのだという感覚があった。しかし汚さの原因を子ども達本人に求める大人たちは、まるでNHKアーカイブスなどの古い映像に出てくるGHQの人たちがやっている事に近い事を施設の子にやっていたのではないか?と邪推してしまった。
皮膚病や皮膚の怪我に関すること
わたしはヤケドや凍傷やなどの、ただれている皮膚をどこか見慣れてしまっている。この間、料理中にヤケドをしてから、皮膚についての印象が、どうもどこかズレているように感じた。たかがヤケドにWolfが「塗り薬」をくれた。生まれて初めて塗り薬を貰ったので、あまりに衝撃的な出来事として整理作業が必要になったくらいだ。わたしは彼に違和感を伝えられず、一週間過ぎてしまった。
なめかんとはたけ
二度目の施設で、職員がある子どもの口の周りの変色したところをからかい「ナメカン」と言っていた。その子は口の周りを自分の舌で舐めるのでただれてしまった。そしてわたしはすごく小さい頃、職員が誰かの顔を見て「はたけ」と言っていたのを何処かで聞いていた。
でもそのような皮膚の状態はネットで調べる限り、わたしの子ども時代にはすでに少なくなっており、治療も大げさなものではなく、その感覚の違いについて大変驚いていた。
施設の子どもたちの皮膚感覚
わたしの皮膚感覚はぞんざいである。ぬくもりも求めた事がないし、怪我をしていても気づかない。ただれていても気付かない。施設にはいつも皮膚の状態の悪い子が多かった気がする。その皮膚の状態の悪さを消毒液や消毒パウダーで解決しようとしていた。
子ども達は、みんな【そう感じてた】皮膚が変色したり、脱色していたりしているのが当たり前だと思っていた。そのイメージがあまりにごく日常過ぎて、そこを問題視できなかった。
施設に入れられている子の既往症
昔、ハンセン氏病患者を両親に持つ、未感染児童を収容する先に一般の児童養護施設が選ばれ、地域の人々から隔離されていた。でもその事実を知る人は少ない。
ハンセン氏病に学ぶ -複眼の主観で-
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【page14より、児童養護施設との関連部分だけを引用】
さて、この寮の子どもたちを小学校に入学させるかどうかをめぐって事件が起きます。「学校に入れるのなら、自分の子どもは通わせない」「患者の子どもたちを入れるな」と、PTAも反対します。一斉に同盟休校するという強硬手段に出て、大騒ぎになりました。
どういう解決をしたかと言いますと、龍田寮の子どもたちを、地元の大学の学長さんたちが自宅に引き取り、身元を隠すという形で学校に通わせる妥協案をつくった。
最終的には、龍田寮も廃止され、子どもたちを児童養護施設などに分散して、身元を判らなくしてしまうことで解決しました。本質的な解決ではないのですが、そういう形で決着をつけた。
親が居ない事にされる子ども達
政治的な解決方法として、彼らの身元を分からなくする事が優先された。その方法として親の居ない子ども達がが入所している児童養護施設へ入所させた。
彼らの場合は、親がいる子ども達であるにも関わらず親がいない事にされたという事が彼らの心に傷を負わせたと思う。そして、同時に元々親から捨てられた子ども達も、そのような利用のされ方をされた事の為に、施設内にある種のヒエラルキーが生まれ、互いに差別しあい、ののしりあっていたように感じる。
山の中のわたしが居た施設の職員達は、皮膚に関してのあまりにぞんざいな扱いが板についていた。子ども達は剥けてただれているような状況でも、職員達は見慣れているように感じられていた。
恐らく、今となって思う事は、施設職員達は何かしらそこについての精神的なマヒがあったように思う・・・。#ただし、らい病菌については感染力が弱く、当時の日本人全体が戦中戦後の栄養不足などにより感染する人がいたのである事を、今では日本人は知っている。
どんぐりの背比べだけど
そして二度目の施設では、少なくとも「なめかん」の子どもは治療されていた気がする為、そのように言うのだ。どんぐりの背比べではあるが、やはり人の目が届く割合の高い都市部の児童養護施設の方が、あからさまな虐待環境とはいかないようだ。その変わり巧妙にもなるが・・・。
一度目の施設の「はたけ」の子や、わたしのようにヤケドをした子はそのままだった、あの施設の前身は、収容施設としての隔離の働きがあったと思う。
ホンとのところ、この国の社会的養護の児童の問題は、臭いものにフタ政策だと思う
養護施設には、ありとあらゆる子が入所してくるというのに、ありとあらゆる状態について対処できなかった。わたしはこの国の児童養護施設を社会福祉政策と思えず、キョトンとする事が多かった。
「社会的排除者を隔離収容する施設ではないの?」と、とっさの反発心を感じるのはわたしがへそ曲がりだからなのか、それとも・・・。
誰もが社会的に排除する、偏見、狼藉、孤児、障害、病気、部落などの問題を全て施設という公衆的なゴミ箱へ捨てる事を、何とか言いつくろっているだけだと感じている。わたしはそれでも、この国に愛着を持ちたいと思っている。この国を母国と思いたいと考えていた・・・無愛着なりにも。
| 養護施設にいる間の問題 | 07時09分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

























おはよう
電話の電源切ったんじゃないよ。プッと押せばすむとこを、プーーっと長押ししたのが切れた原因なんだ。
今日は切らないようにするから怒らないでね・・・。
| Lei@レス場所違うよ・・・Mariaちゃん | 2008/11/11 10:03 | URL | ≫ EDIT